(※2003年初出のアーカイブ記事。情報等は当時のまま)

◆ザルミーナと母、最後の面会

ザルミーナの処刑の前日、競技場で公開刑の執行があることが国営ラジオで告げられた。放送はこのアナウンス室からおこなわれた。(2002年カブールで撮影:玉本英子)

取材を通して、さまざまな人に出会った。
そのなかで、私には忘れられない人がいる。

ザルミーナの母親だった。
かつてのタリバン戦車基地の近くに母の家はあった。一家は娘の死を近所に知られないように隠しつづけ、ひっそりと暮らしていた。
私はビデオ取材のお願いをしたが、家族は、「家の恥」だとして受け入れてはくれなかった。

同じ時期にザルミーナの周辺取材をしていた英国人の新聞記者は取材謝礼にと大金を提示したが、門前払いにされていた。
家族は保守的なパシュトゥン人の一家だった。女性たちが親族以外の男性の前に姿をあらわすことはない。

取材に訪れた者のなかで女性の私だけが、ザルミーナの母に直接会って話をすることができた。
私はザルミーナを「悪い女」として紹介するのではなく、アフガニスタンで抑圧やさまざまな境遇に置かれた女性のひとりとして取材しているのですと何度も話した。
最初はくもった表情をしていた母だったが、音声のみの録音をゆるしてくれた。
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