郡警察署前にある宿屋。マオイストが撃った焼夷弾が当たり家は焼け落ちた。この宿屋に泊まっていた民間人2人が焼死した。   マオイストが放置していった手りゅう弾で遊んでいて、爆発により負傷した3歳の子供。

軍事力を誇示するための襲撃
マオイストはこのベニ襲撃にこれまでで最大の兵力と武器・弾薬をつぎ込んだ。まるまる12時間におよぶ襲撃は、これまでで最も長時間におよぶものだった。ベニ襲撃の直後、人民解放軍西師団は指揮官“パサン”と人民委員“ビプラブ”の名前で声明文をだし、襲撃が成功したと宣言した。だが果たして、マオイストはこの襲撃で勝利したといえるのか、最後にその結果を検証してみたい。

人的被害を除けば、政府側にとっての最大の物理的ダメージは破壊された建物である。郡の行政機関の中枢ともいえる郡行政事務所と郡開発委員会の建物は完全に破壊され、郡警察署や郡裁判所、郡森林事務所など、ほとんどの役所が大きなダメージを受けた。

一方、マオイストがこの襲撃で獲得した武器弾薬は、主に郡警察署から強奪した自動装填ライフル35丁やインド製INSASライフル14丁、古式の303ライフル65丁、弾丸5万発などである。これはこれまでの襲撃と比べても、決して大きな収穫とは言えない。近代武器をもつ王室ネパール軍の兵舎を占拠できなかったことが響いたのだ。

さらに、マオイストはこれまでのすべての郡庁所在地襲撃で銀行を襲い、現金と金銀を強奪してきた。ところが、ベニでは治安悪化のために、しばらく前から銀行の現金は軍兵舎内に預けられていた。そのため、彼らが手にした現金は、民間の金融会社から強奪した20万ルピーだけだった。

もう一つのマオイストの収穫、それは捕虜である。襲撃後、マオイストは郡行政のトップ官僚である郡行政長官と、郡警察署トップの副警視を含む警官ら37 人を捕虜にし、彼らが“ネパールの延安”と呼ぶロルパ郡タバン村に連れていった。

マオイストは、政府側が逮捕し拘留している党中央委員2人を含むリーダーたちの釈放と引き換えに、この捕虜を解放すると申し出た。しかし、この捕虜交換がジュネーブ協定に反するとして、国際社会から非難の声があがると、襲撃から16日目の4月6日に国際赤十字の代表をタバン村に呼んで、無条件で捕虜全員を解放したのである。
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