李氏朝鮮時代にも人々を賎民、平民、良民、両班に分けて、他の階級とは結婚ができないようにしていたが、仮にも「共和国」たるこの国で、封建社会で使われていたその古い身分制度が今も生きているのだ。
朝鮮の革命化「管理所」制度は、社会主義国家だったソ連や中国から輸入されたものだと思っている人もいるらしいが、それは間違いだと思う。
結局、私は愛する女性と結婚することはできなかった。
「移住民」は住居も他の階級とは違っていた。

「管理所」でも、それぞれの家族に一応家が与えられた。労働力はいくらでもあるので、家を建てるのは何でもないことだった。
「移住民」用の住宅は、その辺にある石を積んで作るのだが、朝鮮の生活水準からすれば、結構住みよい家だった。
しかし「隊内民」用の住宅は、建築資材を使ってきちんと建ててあり、とても広くて立派だった。
「管理所」内では、「街頭生活」も通常社会よりずっと厳しかった。

「管理所」での「街頭組織」は、うちの母のように家にいる人、つまり「三〇〇グラム(食糧配給規定の名目上の一日分量。主に職業に就いていない人、被扶養者に適用される量)」を受ける人で構成される。
病人や高齢者である彼/彼女らを「街頭組織」に入れて、一日中、道路掃除やドブさらい、石炭拾い、農村動員など、あらゆる雑役に駆り出すのだ。
家に帰ってゆっくり休む暇もないほどだった。

「管理所」の住民の公民証(身分証)には、特別な印がついていた。
「管理所」に入った者は公民証を預けて再交付を受ける。
新しくもらった公民証は、裏の一番下の血液型のところの「◆型」の文字が黒だった。
本来の公民証に記してある「◆型」の文字は赤である。
「管理所解除」の最終段階である社会復帰の時が来ると、公民証を再度交付してくれるのだが、その時には血液型は赤に戻るのだという。
「管理所」の「隊内民」たちは、通行証の発行を受ければ、旅行したり引っ越したり出来るにもかかわらず、あまり外へ出ようとしなかった。外に出たところで面白くもなんともないのだ。

彼らは「移住民」と「解除民」をこき使ったりピンはねしたりするのが癖になってしまって、一般世間のようにあくせく働いて生きることが面倒で、我慢できないらしい。
実際、「隊内民」は、「移住民」や「解除民」を人間扱いしない。
働かせていて死んでしまったり、障害を負わせたりしても、何ら責任は負わない。公傷扱い処理するか、扶養の身分にして家にいられるよう処理してしまえば、それで終わりである。

「管理所」では労働中の死亡事故は日常茶飯事だし、本当に悲惨だ。
私も一〇年以上坑道で働きながら、たくさんの事故を目撃した。
一緒に働いていた平壌の娘たちが死んだ時は、辛くて胸が張り裂けそうだった。
「18号管理所」は労働環境が劣悪なので、労働災害もさまざま多い。
絶縁不良の電気ケーブルに触れて死んだり、坑道の奥に降りるために乗っていたホース(坑内電車のこと、馬horseに由来)が脱線して死んだり、坑道が崩れて死んだり……。
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