脱北少年のキム・ハンギル君が、軍人が棒に餌を付けて犬をおびき寄せて盗む様子を描いたもの。軍人が家畜を盗むのは、珍しくない現象だったようだ。(画集「涙で描いた祖国」〔2001年〕より)

脱北少年のキム・ハンギル君が、軍人が棒に餌を付けて犬をおびき寄せて盗む様子を描いたもの。軍人が家畜を盗むのは、珍しくない現象だったようだ。(画集「涙で描いた祖国」〔2001年〕より)

 

明け方、用を足そうとして足早に家の前の灰の山(注1)に出たナムジンは、ふと歩みを止めた。ヤギ小屋の方からヤギの気配がしないのだ。
「おかしいな、ヤギはどうしたんだ?」
急いでヤギ小屋の方へ行き、扉を引いてみた。閉まっているはずの扉がすっと開く。嫌な予感がした。

急いで周囲を見回したが、辺りには何もいない。干し草の束を一つ一つかき分け、小屋の中をくまなく探したが、ヤギは小屋にいなかった。
扉の取っ手の金具にぶら下がった何かがきらりと光った。東の空からさす明け方の光に照らされたヤギの鈴だった。

ナムジンが勢いよくそれを引っつかむと、何かの紙切れが手に触れた。そこにはこんな一文が書いてあった。
「人民軍のおじさんに付いて行きます。ヤギより」
軍隊に盗られた! 真相が明らかになったその瞬間、彼の怒りは無敵の共産軍ではなく、盗賊からヤギを守るように言いつけてあった犬に向かった。
「このばか犬め! 吠えもしないで何してたんだ!」
ナムジンが土間の下の犬小屋を覗き込むと、犬の代わりに一枚の紙切れが目に飛び込んできた。
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