イラク陸軍第2師団の兵士たち。(2010年5月/撮影:玉本英子)

イラク軍同行取材は10日におよんだ。

取材を通して、いまも激しい戦闘が続くモスルで治安警備の最前線に立つ兵士たちの日常の一端を知っていただけたと思う。

記事中にあるように、兵士たちからときに映画のセリフのような言葉が飛び出すこともあったが、他愛もない会話のほうが多くもあった。
「日本の軍隊はカラテをやってるのか?強いのか?」

そんなやりとりをしながら、イラクの若者と緊張の現場で過ごした時間は、なんとも不思議なものであった。

一方、私はこれまで武装勢力の姿にも迫ろうと、出来る限り取材を重ねてきた。
バグダッドの武装グループの青年たち。モスル大学で反米武装闘争に加わった学生たち。空爆下のファルージャで米軍海兵隊と激しい戦闘を続けていた武装勢力メンバー。ときには彼らに秘密裏に指定された場所で、そしてときには刑務所で面会しながら取材を続けた。
取材後、戦闘で死んでしまった者もいる。刑務所で面会した何人かは、新政府の法律の下で、すでに死刑が執行された。

古い遺跡が建ち並ぶモスルの丘をゆく。(2010年5月/撮影:玉本英子)

イラク軍の兵士たちも、武装勢力の青年たちも、そのほとんどは、銃をとって互いに殺しあう必要などなかった普通の人たちだ。

そして、彼らのひとりひとりに家族や友人たちがいる。やはり誰もがいまのような悲しみに直面する必要のなかった人たちである。

アメリカは8月末で戦闘部隊をイラクから撤収させた。今後、残された5万の米軍部隊は訓練など後方支援にまわり、来年11月には完全撤退することになる。

結局、大量破壊兵器は出てはこず、イラクにもたらされたものといえば、殺戮や宗派対立で引き裂かれた人びとの幾百万、幾千万もの悲しみであった。

オバマ大統領は「戦闘任務終了」を宣言したが、戦争の終結を明言したわけではない。今後は形を変えて続くことになる。
イラク人はフセイン政権下で暗闇に生きることを強いられてきた。そして、アメリカによってさらに深い暗闇に叩き落とされ、そこからの出口すら奪われた。その責任の一端は日本、そして私たちにもある。

来年は「テロとの戦い」として始まったアフガンでの戦争から10年めにあたる。

誰が勝ち、誰が負けたのかも分からないこの戦争で、いったい何人が命を落としただろうか。
この取材記を読んでいただいた方々が、いまも戦争が続くアフガニスタンやイラクに引き続き関心をもっていただければ幸いだ。
人びとに平和がもたらされることを願ってやまない。
(了)
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