2004年のアダミア地区。毎日のようにここで米軍が掃討作戦をおこない、一般住民にも多数の死傷者がでていた。武装勢力が拠点にしたビルには砲弾が撃ち込まれ、無数に銃弾の跡があった。(2004年/撮影:玉本英子)

 

玉本英子 現場日誌
4月8日 バグダッド
バグダッドでスンニ派が多く暮らすアダミア地区を訪れた。
この地区に入ったのはじつに7年ぶりだ。
フセイン政権時代、バース党支持者が多く暮らしていた。
政権崩壊後は、反米武装勢力の活動拠点となった。
地区では毎日のように米軍の武装勢力掃討作戦が繰り返され、戦闘で多くの市民が巻き添えとなった。
その後、宗派抗争が激しくなる。シーア派民兵によるスンニ派の拉致殺害があいつぎ、地区の住民全体が狙われた。もう住めない、と地区を去った者も多い。
以前取材したことのある男性と再会した。
「3、4年前はこの地区から別の地区へ出るだけでも命がけだった」と厳しかった状況を振り返った。

いまのアダミア地区の通りの様子。カラフルな新しい看板の店がようやく増え始めていた。(2011年/撮影:玉本英子)

 

現在、宗派抗争は落ち着きを見せているが、地区にいまも潜伏するスンニ派武装勢力は、周辺のイラク軍検問所などに攻撃を加えている。
地区の中心部には「アダミア地区はあなたを歓迎します」と書かれた大きな看板が立っていた。
「ここの地区以外の人間はほとんど誰も立ち入れなくなっていたのに、皮肉みたいだろ」
男性は笑った。
それでも、以前に比べ治安は良くなったという。住宅街は町を出た人が多いせいか、すさんでいるように見えた。
かつて米軍の戦車が走りまわっていた大通りには、小ぎれいな洋服店や日本で見かけるようなスタイルのハンバーガーショップができていた。 イラクで流行りの濃い色のアイシャドーを塗った若い女性たちの姿も見るようになった。
(バグダッド・玉本英子)