鬱屈した気持ちになると、やってはいけないことをやったりします。そうすると、私たちの社会を損ないます。私たちの国の将来を損ないます。ですから、職という問題があります。

二番目は、こちらにいる私たちの同胞の方々にとっては驚きかもしれませんが、『水』です。飲み水の不足が、今現在もあるのです。私たちの国では。それを忘れないでください。基本的な飲み水が私たちの国では十分ではないのです。

つい昨日も、私たちが今回の旅行に出発するため、水かけ祭りの期間にいないので、水かけ祭りのタンジャ(社会風刺の言葉を掛け合いで歌う伝統芸能)を披露しに来たグループと私の自宅門のところで会ったのですが、「ミャンマー中央部で渇水が起きている。

ミンジャン周辺一帯で水が不足している。チャウバダウン郡で水が不足している。今、水の問題が起きている」と、グループの中の一人が、私に言いました。
ですから、ミャンマー中央部で水が十分に得られるように一緒にやりたい人が、こちらに来ている同胞の中におられましたら、私に連絡してください。連絡をいただいたら、人びとのために何ができるかということを考えて、できる限りのことをしたいと思っています。

そして、三番目は何かといいますと、『交通』です。雨季でも通れる道ですね。どの季節でも通れる道が私たちの国では非常に不足しています。これらは人びとの声として申し上げています。そして、四番目は『電気』です。私たちの国には、電気のない地域が多くあります。そして、『教育』。そして、『健康』。

私がどこに行っても、この通りです。何が必要かと尋ねると、この通りです。一番は仕事。水。水はないわけにはいきません。そして、水の後は、交通。交通の後は、電気。電気の後に教育。教育の後に、健康が最後です。

私はそれに興味を持ちました。どうして健康よりも教育を重視するのかと。それはなぜかといいますと、子供たちの将来のことを考えて、教育を重視しているからです。それに私は感心しました。

しかし、私は注意も促しました。健康は、教育と同等に重要です。なぜならば、健康でなければ、学んだ教育を十分に生かせません。さらに命の危険さえもあります。ですから、健康も重要であると、私はいつも指摘します。

健康も重視はしています。しかし、健康よりも教育を重視していることに私は気がついたのです。それは、私たちの国にとって良い兆候です。先を見る気持ちです。将来を見ようとする気持ちです。

私たち皆で助けあいましょう。これから技術で私たちの国をどうやってできるだけ早く発展させるかということを私たちで考えていきましょう。時間はあとどのくらいありますか?

アウンサンスーチーさんとの集会に臨んだ在日ミャンマー人たち(2013年4月13日 東京・渋谷)

アウンサンスーチーさんとの集会に臨んだ在日ミャンマー人たち(2013年4月13日 東京・渋谷)

 

質問
警官だった者です。事件(1988年の民主化運動)のとき、シャン州警察連盟の議長をやったため、免職されました。今度の5月13日で60歳になります。5月19日にはミャンマーに帰国します。私のように免職になった者が年金をもらえるのかどうか知りたいです。

ASSK
私は、この問題を考えました。考えたというのは、ある人はこれを年金の問題としてだけ見るかもしれません。私はそのようには見ません。私たちの国民和解の問題であると見ます。

このように意見や政治的意見が異なっていたために処罰された者を、私たちは今後どうしていくか。私たちは、このことをよく考えるべきです。私たちのお互いの間の軋轢や怨恨がなくなるようにどうするか。それを考えて、プロジェクトとしてやるべきだと思います。

ただし、私は、現実的である必要があると思います。現実的である必要があるというのはどういうことかと言いますと、今支給されている年金でさえ足りない程度の額ですので、支給されていない人にそれを支給するというのは、本当に現実的なことなのか考えなければなりません。

ですから、私たちが現実的な方法として考えるならば、かつて何らかの事情で政府公務員の職から解雇された人物が、ミャンマーに帰国して暮らすならば、国にとって利益となるように、どのように仕事をつくっていくか、どういったところに参加して協力することができるか、私たちは考えなければなりません。

はじめの方で言いましたが、私たちの国は50年以上、1962年から始まったとすると、今2013年ですから51年経ちます。50年以上、軍事独裁政権下に置かれていたことで、教育制度は劣化しました。

教育制度が劣化したことで、私たちはどのような事態に直面しているかと言いますと、少し前にどこかのグループの研究で分かったのは、ミャンマーは稀なケースで、20年くらい前と比較すると、今の時代の若者たちの教育レベルが落ちているということです。

20年前に教育を受けた者と比べて、今の時代の若者の教育レベルは低下している。そのような国は非常に少ないということでした。国際的には、20年前と比べると、教育レベルが上がっています。高くなかったとしても、低下はしていません。私たちの国は低下してしまったのです。

ですから50年前と比べたら、言うまでもありません。
私たちがきちんと調べてみますと、私たちの国で、最も学歴が高い人たちは、55歳を越えています。55歳を越えているということは、つまり退職する年齢が近づいているということです。こうした人たちが退職した時、私たちの国を支える力は能力的にかなり落ちてしまうことになります。

退職した者たちが国の発展にどのように関与し助けることができるか、私たちは考え、プロジェクトをつくる必要があると私は思います。

先ほどのように、本当に誠実に国を思って役割を果たした元警官の人が、私たちの国に帰国した時、どのような部分で協力できるか。その警官の能力、以前公務員として働いた者であれ、他の分野で働いた者であれ、60歳を過ぎた人の能力を、私たちの国にとって最も有意義となるようにどのように生かすかということを皆で考え、プロジェクトとしてやらなければいけないと私は思います。

たとえば、大学の場合であれば、退職した教授や教員たちが、何らかのかたちで、ある程度の範囲で、ある程度の期間できるようにプロジェクトが必要であろうと思います。

それと同様に、他の分野でも、退職していても、能力があって、仕事がまだできて、仕事を活発に積極的にできる人たちの能力・力を私たちの国のために生かすことができるようにする必要があります。そうすることができて国は発展できます。そうしなければ、その人たちの能力を私たちは失ってしまうことになります。
(つづく)

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