◆村を追われ、逃れた町で砲撃にさらされる

クルド組織、人民防衛隊(YPG)とイスラム国の激しい戦闘が続くシリア北部の町コバニ。
昨年9月、イスラム国が大攻勢をかけて以降、周辺地域も含め20万を超える住民が隣国トルコなどへ脱出した。だが。市街には、いまも2000人におよぶ一般住民が留まっている。

戦闘が最も激しいのは南東区域。住民は、そこから一番遠い西部地区のあき家屋に身を寄せる。だが、そこも安全ではない。1キロ先の前線から、毎日のように、イスラム国の迫撃弾が撃ちこまれる。

小さなアルコールランプで紅茶を入れてくれるジャミラさん。村の家や畑、家畜もすべて失い、逃げ延びた町でもイスラム国の砲弾にさらされる。(アレッポ県コバニで12月下旬撮影・玉本英子)

小さなアルコールランプで紅茶を入れてくれるジャミラさん。村の家や畑、家畜もすべて失い、逃げ延びた町でもイスラム国の砲弾にさらされる。(アレッポ県コバニで12月下旬撮影・玉本英子)

 

YPG戦闘員に同行して、人影のない住宅街を往く。地面にはところどころにぽっかりと穴が開き、不発弾も転がる。家屋の窓ガラスは割れ、壁は崩れ落ちていた。

町に留まる一家を訪ねた。主婦ジャミラ・ハリルさん(34)はコバニ近郊の村に暮らしていた。3か月前、イスラム国が町への進撃を開始すると、村はあっと いう間に制圧された。家財道具も持ち出せず、ヒツジや鶏などの家畜はそのまま放棄し、4人の幼い子どもと親戚とともに脱出した。トルコ政府が人道措置とし て開けた国境ゲートを越えて逃げたものの、避難民収容テントはどこもいっぱいで、物価も高く、言葉が違うトルコでの生活を続けることは容易ではなかった。 結局、1か月前に家族でふたたびコバニに戻る選択をした。

戦闘が激しくなって以来、コバニでの電気供給はストップ。屋外は危険なため、1日のほとんどを真っ暗の家の中で過ごす。子どもたちは部屋に閉じこもり、ただじっと座っている。小さな懐中電灯の光が、壁をうす青く照らしていた。

洗濯は、井戸から汲んだわずかな水をかけてしごく程度だ。砲弾を避けるため、外に干すことができず、屋内の階段にロープを張って乾かしていた。
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