これからこの「ロヒンギャ問題」の背景を説明しようと試みるのだが、問題が複雑なため、途中で訳が分からなくなってしまう恐れがある。そのため、結論を先取りして、次のようにまとめてみた。
<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題(1)へ

麻薬博物館の正面に飾られていたタンシュエ上級大将の肖像写真(2003年撮影 宇田有三)

麻薬博物館の正面に飾られていたタンシュエ上級大将の肖像写真(2003年撮影 宇田有三)

 

  • 「ロヒンギャ問題」とは、およそ半世紀続いた軍事独裁政権のミャンマーにおいて、上座仏教徒が多数派を占める社会で、時の軍事政権がその権力基盤を強化するため、人びとのイスラームに対する差別的な潜在意識を刺激して作り出した政策の結果生まれた問題である。

その差別政策の結果が長年放置され、この問題が宗教迫害や「民族紛争」と伝えられるようになってきた。

  • ミャンマーを長年取材してきた私の経験からいえることは、ロヒンギャたちが望んでいるのは、「ロヒンギャ民族」と呼ばれることではなく、ムスリムとしてのアイデンティティを持った人として、安心して暮らすことである。

つまり、このビルマ軍政下で引き起こされてきた「ロヒンギャ問題」は以下の2つを含んでいる。

(1) 今すぐに対処すべき、人命を脅かしている現在進行中の差別政策にどう対処するのかという「ロヒンギャ問題」

(2) ムスリムであるロヒンギャたちは何者であるのかという議論を端緒にして、軍政下でロヒンギャに関する様々な情報や噂が広がり、その結果発生した問題にビルマの国内外の関係者(援助関係者・メディア・政治家など)が適切に対応できなかった<「ロヒンギャ問題」の問題化>である。

「ロヒンギャ問題」を語るとき、この(1)と(2)がごちゃまぜになってしまい、問題が複雑になってしまった。

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