◆市民が声を上げるのは「社会的にも望ましいこと」

その名古屋高裁判決はたとえば次のように、社会における市民運動の意義を説いている(判決本文P36~37)。

「大垣警察市民監視違憲訴訟」の原告らがおこなってきた、風力発電に関する勉強会、大垣市長への風力発電事業の中止を求める嘆願書提出などは、「いずれも民主的、平和的なもので、何ら社会的に非難されるべきものではない」

「そもそも、企業や公共団体等が、何らかの事業を行う場合、事業計画が発表されるまでに、
相当の資金及び人員を使って、相当の期間をかけて計画が練り上げられているのに対し、その発表を受けて、これによって健康等に影響を受ける可能性のある私人が、その問題点を認識し、これを具体的に指摘して、計画の中止や改善等を求めことは、単独では、資金も人も時間もないことが多く、通常は非常に困難な作業である」

「そのため、必然的に、同様の影響を受ける立場にある者らが連携したり、協力者を募ったり、勉強会を開いたり、専門家を招いたり、法律家に依頼したり、意見を表明したりするなどの活動が必要となってくる」

「したがって、このような活動は、国民が、自らの権利を侵害されないようにするために、当然に認められなければならないものであり、憲法によっても、集会・結社・表現の自由(21条1項)などとして保障されているものである」

「仮に、一審原告らのこのような活動が市民運動に発展したとしても、何ら犯罪行為等の恐れが生じるものではなく、マスコミ等や、場合によって地方議会等で取り上げられるなどすれば、より透明性のある、公共の場での実質的な議論が可能となるし、より広い地域の住民や国民全体のこのような問題への関心が高まることも期待できるから、むしろ社会的にも望ましいことである」

「スパイ防止法」に反対し、国家情報会議設置法案の参議院内閣委員会での採決強行に、国会議事堂そばの歩道で抗議する市民有志ら(2026年5月26日撮影)

このように名古屋高裁判決が高く評価した市民運動の意義は、風力発電問題に限らず、原発、公害、差別、貧困、基地、軍拡、戦争、改憲などさまざまな問題に関わる市民運動についても当てはまるものだ。たとえば「スパイ防止法」反対の市民運動もそのひとつである。そうした市民運動は、憲法が保障する集会・結社・表現の自由、「もの言う」自由に基づいている。

「国家情報会議・国家情報局も、『スパイ防止関連法制』も、その狙いは『もの言う』自由を圧迫し、異論を排して国論を統一し、戦争反対の声を封じ込めることです。戦争をする体制づくりの一環です。しかし、そうはさせないために、『スパイ防止関連法制』にも反対し、『もの言う』自由を決して手放してはなりません。『もの言う』自由は、憲法が保障する自由及び権利を保持していく『不断の努力』(憲法第12条)の核となるものです」と、近藤さんは訴える。

「大垣警察市民監視違憲訴訟」の意義を社会に広く伝えるために、原告・支援者らが結成した「もの言う」自由を守る会は、こうアピールしてきた。

「『もの言う』自由を守ることが、戦争する国づくりや個人の基本的人権を制限するような社会への傾斜を食い止めることにつながります」(完)

吉田敏浩(よしだ・としひろ)1957年、大分県出身。ジャーナリスト。著書に『ルポ・軍事優先社会』(岩波新書)、『「日米合同委員会」の研究』(創元社)、『横田空域』(角川新書)、『昭和史からの警鐘』(毎日新聞出版)など。

★新着記事