イスラム暦12月のゼルハッジャ月(今年は西暦11月)、イスラム世界では大巡礼「ハッジ」が大々的に挙行された。イラン各地では、ハッジからの家族の帰還を出迎える派手な横断幕が、あちらこちらの家の門を飾った。

ハジから振舞われた食事チェロ・キャバーブ(サフラン漬けの雛鳥の焼き鳥とイラン米)。撮影:佐藤 彰

 

イスラム教徒にとって、メッカへの巡礼は、宗教的義務の一つであるとともに、一生に一度の夢でもある。念願の夢を果たし、晴れて「ハジ(巡礼を終えた者)」となって帰ってくる一家の長を、親族総出で出迎え、盛大に祝うのが昔からの慣わしだ。

29日、テヘラン市街の筆者の友人宅で、その家のおじいさん、エブラヒーミーさんのハッジ帰還の祝宴が行なわれた。夕方6時、自宅アパートの2世帯の広いサロンを使った会場に、男女合わせて150人もの親族や友人が集まった。来訪客は会場に入ると、エブラヒーミーさんの両頬にキスをして、肩を抱き、「神があなたの巡礼を受け入れますように」とお祝いの言葉を掛けてから席に着く。

「昔、車も飛行機もなかった時代は、数千キロ離れたメッカまで徒歩で巡礼に向かった。帰ってくるまで何か月もかかったし、実際、無事にメッカに辿り着いたのか、生きてるのかどうかすら長い間家族には分からない。だから無事帰ったときにはこうした宴を催したのさ」

エブラヒーミーさんの息子さんによれば、現在イランでは、メッカ巡礼を希望する人のほとんどは政府主催の団体ツアーを利用するという。航空券も現地でのホテルも全て組まれ、現地滞在期間はおよそ一か月、一人当たりの費用は日本円で30万円ほどだ。しかし、ツアーへの登録申請後、自分の番が巡ってくるまで5年は待たなければならないという。

会場の各テーブルには果物とお菓子が並び、男性会場では10代の少年たちが恭しくお茶を配って回る。今夜の宴に決まったプログラムはなく、ハジを囲んでひとしきりおしゃべりに興じたあと、振舞飯・ヴァリーメを食べてお開きとなる。
実はエブラヒーミーさんのメッカ巡礼は今回で2度目だ。前回は大巡礼の時期であるゼルハッジャ月ではなかったため、ハジの尊称を得られなかった。だからどうしてももう一度、この時期にメッカ巡礼を果したく、そのために心臓の手術まで受けたという。だが、もう思い残すことはないという訳ではないらしい。

「何度でも行きたいよ。今すぐにでも。メッカでは、心が澄み切って、ただひたすら神に赦しを求め続ける。いつもよりもずっと、自分の罪深さが赦されるようなを気がするんだよ」
一生に一度は必ず、そして出来ることなら何度でも行きたい場所が自分にはあるだろうか。そう思いながら、私はエブラヒーミーさんに祝福の言葉を掛け、会場を後にした。
【佐藤 彰】