「イスラム国」の勢力拡大で混迷を深めるシリアとイラク情勢。英米仏が空爆を開始するなど、直接の軍事行動も始まった。このかんのイスラム 国の急速な台頭をシリア人のジャーナリストはどう見ているのか。ドバイのアル・バヤン紙、特派員フェルハッド・ヘンミ記者(29)はシリア北部のアレッポ 県出身。首都ダマスカスで学んだのち、シリア北部で内戦を取材。戦闘激化で9月下旬、トルコ南部に一時的に拠点を移したが、現在もシリアの現状を取材しつ づけている。イスラム国をとりまく情勢の分析に加え、内戦で引き裂かれるシリアへの思いを聞いた。インタビューは米軍のシリア空爆開始前、電話を通じてお こなわれた。(全3回)【聞き手・玉本英子】

3年にわたる内戦でシリア国民の半数近くが国内外に避難した。写真は国内の少しでも安全な地域に避難してテント生活を送る住民。(シリアの人権団体提供・2014年1月撮影)

3年にわたる内戦でシリア国民の半数近くが国内外に避難した。写真は国内の少しでも安全な地域に避難してテント生活を送る住民。(シリアの人権団体提供・2014年1月撮影)

 

◇過激主義と部族統制で支配固める

◆イスラム国は、シリア中部のラッカを最大拠点としていますが、地元の住民はイスラム国を支持しているのですか?

ヘンミ記者:ラッカがとりわけイスラムへの信仰が深い場所だったということはありません。多くの住民が過激主義 者を歓迎していませんし、その支配を受け入れているわけではありません。過激主義に共鳴する一部の人もいるでしょうが、実際にはほとんどの人びとは自分や 家族の命が危険にさらされているからであり、自分が内戦のなか生きていくために仕方なく受け入れているのです。国外脱出などで、人口は以前より減っていま す。

◆イスラム国はどうやって町の支配を固めていったのでしょうか?

ヘンミ記者:イスラム国が敵対的、反抗的なことだとみなせば、彼らは容赦なく処刑します。反対勢力はこの恐怖支配で徹底的に封じ込められました。さらに、この処刑は見せしめとしても絶大な効果を持っています。

地方都市ラッカの社会と人びとは、伝統的に大なり小なり部族と何がしかのかかわりを持ってきました。そうしたバランスのなかでコミュニティが存在し てきました。土地の文化、風土は部族と密接に結びついています。当初、ラッカやその周辺ではイスラム国や他の過激組織のやり方に、すべての部族が従ったわ けではありませんでした。しかし、イスラム国は反抗的な部族に対しては、処刑を含む厳しい態度で応じたのです。

そして多くの部族が地域と共同体を守り、リーダー自身も家族と命を守るために、イスラム国の支配を受け入れました。いまはイスラム国の支配のもと、 行政機関を運営するなどしています。部族はそうやって自分たちを守るしかないのです。拒否すれば、投獄されるか、殺されるしかないとわかっているのですか ら。
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