路上で米軍の身体検査を受けるバグダッド市民 (2003年4月 撮影 綿井健陽)

 

兵士はその当事者性ゆえに、重い問題提起をする存在でもある。本稿では、兵役拒否権の歴史的な成り立ち・分類を概観した上で、兵士による命令拒否について論じる(1)。

兵役を拒否することは、現在では人権として承認されるようになっている(2)。とは言うものの、今日に至るまで、兵役拒否は信仰や良心のために武器を手にすることができない人々にのみ軍役を免除するものであり、兵士・軍人による特定の戦争・命令への選択的兵役拒否権は承認されていない。

ところが、イラク戦争は国際法に反する違法な戦争であるとして米軍や英国軍兵士による批判が高まり、選択的兵役拒否が注目されるようになった。イラク戦争では、攻撃の大義とされた大量破壊兵器が存在せず、国家の命令に誤りがあったことが判明した。戦争そのものの違法性が問われるような場合に、兵士は命令に従ってよいのかという問題が顕在化したのである。

戦争状態にあっても、交戦当時者が遵守すべきルールが定められており、正規軍では、交戦規程を遵守するよう訓練される。しかし、戦争そのものが違法である場合、兵士は交戦規程に則って「正しく」戦うことはできるのか。違法な戦争での任務は拒否することが、兵士に求められる倫理的な責務ではないかという問いかけである(3)。

国際的に兵役拒否権が承認されるようになったのは、第二次世界大戦後である。第一次、第二次の二つの世界大戦が引き起こした未曾有の惨禍は、戦争に対して新たな評価をもたらした。戦争の原則的な違法化である。

19世紀から20世紀初頭の国際社会においては、戦争を行うことはその理由の如何にかかわらず、主権国家の正当な権利であると考えられていた。ところが史上初の総力戦となった第一次世界大戦では、前線と銃後の区別がはっきりせず、民間人の犠牲者が大幅に増加し、軍人の死者数を上回った。

一般の人々の生活を破壊する戦争の正統性を主張することは、もはや自明ではなくなった。第一次大戦後の国際連盟規約(1919年)、不戦条約(1928年)は、戦争および武力の行使を原則的に禁止するものである。
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