野中章弘×辺見庸×綿井健陽 対談(6)
作家 辺見庸とアジアプレス 野中章弘、綿井健陽が、
イラク戦争と報道、そして自衛隊派遣の論理を問う
(この対談は2003年12月27日に収録されたものです)

【空爆で負傷した親子】(バグダッド・アル・マナール病院/2003年/撮影:綿井健陽)

辺見
戦場というのは「巨大な罠」みたいなものであると思うんですね。改めて、何度もイラクまで行かれて目撃された綿井さんのお話を聞いて、僕は「やっぱりそうだな」というふうに思います。

この罠から自由に、インディペンデントな立場から報道しえているのはほんとうに数少ない例外でしかない。おそらくここからは、永遠にマスメディアというのは自由でありえないと思っているんです。

まず、最初にエンベットの問題です。久しぶりに聞いた言葉なんですが、この言葉を日本のジャーナリストの人達は平気で使っているけれど、実はこれ、軽蔑の響きがあるんです。もともと、花壇なんかを作るときにちょっと何かを埋め込んでやろうという発想です。

ベトナム戦争中は、「エンベット」なんか言われたら記者は怒り出していたんです。そうではないわけですから。ベトナム戦争中は、自分の自意識としては「War Correspondent」だったんです。つまり戦争特派員です。「エンベット」というのは便宜的に埋め込まれていくわけですから、つまり主客の関係が完全にだめになってしまっているんです。

しかも、日本各社は600の中にどうしても自社をいっぱい入れたい。ゴマすって色んなこと工作して入れてもらっているわけでしょ。

そこで、記者主体が米軍というものを相対化するという発想がないわけです。もし、ジャーナリズムというところのジャーナリズムというものの、いわゆるインディペンデントな精神というものが発揮されるなら、公正にサダム・フセインの軍隊にも行くべきだったでしょう。エンベットされるべきだったと思います。で、そんなのは絶対にありえないわけです。

自ずから、最初から米軍の広報装置として働くという直感なり確信がなければいけない。日本で最初に従軍記者が出たのは、明治7年(1874年)の台湾出兵らしいです。それから日清戦争には66社、日露戦争になると116社行っています。

そこで何をやったかというと、お国の兵隊さんがいかに英雄的に戦ったか、それから侵略地区の住民がいかに日本の進駐を喜んでくれたか、拍手や歓声と共にね。そういう写真はいっぱいあるわけですよ。そういう歴史的な事実というのを我々の先達たちは持っているわけで、それをちょっと振り返ってみれば、個々の戦場で民衆たちが進攻軍ないし進駐してくる軍隊たちにその都度、旗を変えて拍手したり歓声をあげたりするのは当たり前な話であって、それをもって「この軍隊は支持されている」と判断するのは、まったく記者の資格がないね。辞めたほうがいい。