午後2時半、バグダッド市内にあるイラク・イスラム聖職者協会のクベイシ師。日本人人質解放に大きく貢献し、いま日本では「時の人」となっているらしい。 (写真右:自宅の応接間でイスラム法の本を手にするクベイシ師。(撮影:玉本英子 4月20日))

30畳ほどの応接間の本棚には、イスラム関連の書籍が並ぶ。
クベイシ師は「私は日本人が大好きなんですよ」と笑顔で話す。

人質3人が解放されたとき、友人として彼らを昼食に招待したが、日本大使館関係者に断られてしまった、と残念がっていた。そして、帰国した人質たちが、日本でバッシングされているという話に、驚いた表情をみせた。

インタビューが終わったあと、部屋の奥から女性の声が聞こえてきた。私はクベイシ師にお願いして、家族の女性に会わせてもらうことにした。イスラムの厳格な家庭では、親戚以外の男性は女性と会うことはまずない。

クベイシ師は「女性のあなたならいいですよ」と、私ひとりを奥の台所に案内してくれた。
10畳ほどの台所の中には、クベイシ師の子ども、親戚たち、女性ばかりが10人いた。彼女たちは、突然台所に現れた日本人の私に、目をまるくしている。

みんな私の頬にブチュっと何度もキスをしてくれた。うち、3人の女性が、ファルージャから来たという。
戦闘が激化したため、街から避難してきたのだそうだ。
アラビア語のできない私は、「ファルージャ、ジェシ・アメリキー、ハルブ(ファルージャ、米軍、戦争)」としか言うことができなかった。

それでも彼女たちは、悲しげな顔で私を見つめ、うん、うん、とうなずいていて、私を抱きしめてくれた。
現在、ファルージャに入っているメディアは、アル・ジャジーラだけといわれている。現地へ行こうにも、武装勢力の攻撃や米軍の検問などで、ほとんどの外国人は入れない状態だ。その間にも人びとの命の灯火が消えていく。そう思うと胸がつぶされそうな思いになる。

「人質事件の発端は米軍によるファルージャ包囲が発端。ファルージャでの掃討作戦は、私たちにとってのヒロシマ、ナガサキです。日本の人たちに関心を持ってほしい」
クベイシ師は何度も訴えていた。
(04年4月20日)