クルド自治区最北端、トルコ国境にほど近い町アメディエ周辺には1000メートル級の岩山がそびえたつ。ふもとには、石を積み上げただけの小さなクルドの家々が点在していた。
「家にあがって、ご飯でも食べていってくださいな」
村の女性たちが、家のなかへ招いてくれた。

ギジィ村には46世帯が暮らす。しかし、男たちの姿はまばらだ。
「16年前、村の男たちのほとんどがサダムの軍隊に殺されました」ベキィ・アブドゥラさん(40)は、夫が「消えた」日のことを話しはじめた。

羊の放牧で暮らす、のどかな村を突然、悲劇が襲ったのは1988年夏だった。村を包囲したイラク軍の兵士たちは、村の男たちすべてを拘束し、鉄の棒で殴り倒したあと、バスに乗せて連れ去った。
イラン・イラク戦争末期、クルド人をイラン軍の協力者と見なしたイラク軍は、イラク北部に暮らすクルド人の村々を攻撃するアンファル作戦を展開した。攻撃では、毒ガス兵器も使われた。イラン国境近くの町ハラブジャでは5000人にのぼるクルド人が虐殺されている。

ベキィさんは息子のハワール君(16才)を呼んできた。当時、身重だったベキィさんは、夫が連れ去られた日に、ハワール君を早産した。
その3年後、湾岸戦争が起きる。「サダムが再び殺しにやって来る」ベキィさんは小さな息子の手をひいて、村人たちとともにイランへ歩いて逃れた。

「私たちはいつもサダムの影に怯えながら生きてきました」ベキィさんは、色褪せた写真を手にしながら言った。男たちが消える数日前に撮影されたというその写真は、みな笑顔を浮かべて並んでいた
連れ去られた男たちのゆくえはいまもわからない。「ギズィ村の男たちは、連行後、イラク軍に殺害され埋められたと思われる」とクルド民主党の治安部隊指揮官は語った。フセイン政権崩壊後、イラク各地で大量の遺体を埋めた穴が次々と見つかり、発掘作業が続いている。

 
アンファル作戦で、ギジィ村の男たちは連れ去られた。村人はサダムの影に怯えながら暮らしてきた。   ベキィさんと、夫が消えた日に生まれた息子のハワール君。
クルドの女性たち