40代半ばを過ぎたように思われる彼女の声からは、熱気さえも漂っている。
演説を始めようとする洞事務長を邪魔するかのように、先ほど咳をしていた男性が、ゴホンゴホンと咳を繰り返した。しかし、除隊将校出身である洞事務長の声はぶれない。(注1)話すほどに一言一言がしっかりとし、勢いを増していく。

自分の言葉が聴衆を威圧することに自信満々のようである。それに圧倒されたのか、それまでざわざわしていた参加者の雑談も次第に無くなっていった。
「生活文化を確立して`先軍模範家庭争取運動`をする」ためとかいう、いろいろな「お知らせ」がひとまず終わった。

すると次は、無職者、職場離脱者、行方不明者、放浪者、未退去者、未居住者をを把握しなければならないと、うるさい説教が始まった。(注2)
新しい1号様式更新事業(注3)を契機として、厳格にやるぞとどやしつけるのだが、近頃はそんな人間は珍しくもないので、集まった住民たちは、白けてこれといって反応をしない。

それまで血気盛んに声を張り上げていた洞事務長の声が、突然消え入った。すると、静かだった座が逆にざわめいた。一転丁寧な口調で洞事務長の言葉が始まった。
(つづく)

(資料提供 2006年11月 ペク・ヒャン 整理:チェ・ジニ)
注1 ペク・ヒャンの説明によると、洞党秘書、洞事務長職には、食いぶちを与えるために除隊軍官たちのみを皆配置するという。したがって、すべての都市の洞事務長、洞党秘書は、男女とも100%除隊軍官で構成されるという。
注2 北朝鮮は「国民皆組織化」社会である。成人は必ずどこかの職場に登録・出勤しなければならないし、居住も移動も宿泊も届け出が必要である。しかし、90年代大飢饉の混乱の中で、その秩序にも大きな乱れが生じている。
注3 食糧配給受け取りの更新のために、毎年個人、家族別に作成することになっている食糧配給申請書のこと。

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