長兄がうなずきながら言った。
「八〇年に、光州(クワンジュ)で蜂起が起こった時にも、南朝鮮の全地域で同時に通信線が遮断されたんだ。ロ・テウ(盧泰愚)が保衛司令官(韓国では保安司令官が正式名)だったが、光州地域を一斉に遮断してしまったんだ。
他の地域では、光州の情報が分らない。そうしておいて光州が孤立した瞬間突入したんだ。全斗煥は光州の七〇万を殺せと号令した! それが五・一八だ。(光州事件は一九八〇年五月一八日に発生)

通信手段を遮断してしまうのは、こんなに威力があるんだ。通信を遮断してしまうと、光州事態の情報も南朝鮮の人々はどうやって知る? どう行動する?
我々の国内で起きていることも、通信が途絶えてしまえば分かりようがないということだ」。(注2)
(つづく)

注1 北朝鮮で「首領決死擁護」の典型として宣伝されている抗日パルチザンの闘士。人民軍に授与される「近衛」の称号に、彼の名前を付けている。
注2 光州事件に関して
北朝鮮では、南朝鮮や敵対国の残虐行為や民主化弾圧を、自己正当化のために積極的に宣伝利用してきた。北朝鮮の住民の間でも広く話されてきたテーマであり、また、住民たちにとっては外の世界を知る情報源にもなってきた。
光州事件に関する情報も、一時大きな関心事となり、いろいろな噂が乱れ飛んだが、正確度は低いといわざるを得ない。

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