草取りに精を出す農民の姿を中国側から捉えた。疲弊した様子が国境の川を越えて伝わってきた。(2005年4月 咸鏡北道 中国側より石丸次郎撮影)

草取りに精を出す農民の姿を中国側から捉えた。疲弊した様子が国境の川を越えて伝わってきた。(2005年4月 咸鏡北道 中国側より石丸次郎撮影)

 

「民衆はだんだん嫌になっています」4 取材 シム・ウィチョン

配給能力
シム:ジャンマダンを縮小して、代わりに国家が食糧配給を全部出すとしたら、市場を公営商店に変えることができるかな? 今年は三〇%も収穫が落ちたというが……。
チョン:上の連中がなんと言おうと、ジャンマダンを続ける方がはるかにいいに決まってる。
食糧配給をちゃんとする、なんて言うけれど、実際に食糧配給があるのは平壌市だけじゃないか。両江道、江原道、慈江道、それに平安南道、平安北道、どこも食糧配給なんてやってない。だから、皆ジャンマダンに行って商売して、その利益で食うしかないわけだ。

ところで平壌市も、もう配給できていないじゃないか。四月、五月を見てみろよ。平壌市は四月には一五日分配給するはずだったが、それだって決まった日に配給してくれなかった。食糧がある分だけ配給あったけれど残りはなし。五月もくれるって言ってたけど何もなしで飛ばされた。六月も飛ばされた。七月にちょっとくれたな。それに八月は半月分。七月になぜくれたかというと麦の収穫したからさ。昔、ポリコゲという春の端境期は食べ物なくて困ったと年寄りが言うが、その時代と同じだということさ。

実際、四人家族なら一か月暮らすのに食糧がおよそ六五縲恷オ〇キロ程必要じゃないか。国家がくれる食糧は、職場で働く人の配給票には一日七〇〇グラムと書いてあるけれど、実際にくれるのは一日四三〇グラムぐらいだろう。女たちは「一か月分の配給を全量もらったとしても食べられるのはせいぜい半月だ」だと言ってる。

だから残り半月分は、自分で商売して何とか補わなければならない。配給がない地方はどうしろというんだ。国家が何とか配給出しているのは平壌市だけ。それも少しだけだ。これでも平壌は暮らしが少しはましだということなんだろう。地方は大変だ。

シム:ジャンマダンを閉鎖して、市場に出回っているコメを全部配給所に回す力が、今の国家にあるかな?
チョン:あるはずない。今では、個人が持っている食糧の方が国家のよりずっと多いんじゃないかな。

シム:この平壌だけを考えても、国家が名目の配給量を一〇〇%全部くれたとしても、家計では実質五〇%にしかならないということだから、配給をもらっている平壌市民であっても、必ず他の副収入、商売の収入が必要でしょう? これは社会主義国家の常識で言えば、いくらなんでも異常なことですよ。
結局、ジャンマダンに流れるコメが問題なんだけど、新しい内閣(注1)がそれを国に回して、食糧配給をちゃんと全量出せるかどうか。
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