とはいえ、ハマスとヒズボラへの支援は、イスラエルを包囲し、イランへの攻撃を阻止する意味で、イランの国益に適っているものでもある。私がそう指摘すると、運転手は首を横に振った。
「いいかい、俺たちの本当の敵はイスラエルじゃない。アラブだ。イラン・イラク戦争のときは、やつらはみんなイラク側についた。俺はイスラエルには何の敵意も感じないよ」

折りしも、わずか5日前、イランではイラン・イラク戦争開戦記念日を迎え、今週は開戦記念週間として、連日、当時を振り返る特別番組がテレビで放映されている。それらは、愛国心と殉教の精神を呼び起こすのがねらいだが、そうした番組から、パレスチナもひっくるめてアラブへの憎悪を掻き立ててしまう人も多いようである。

この日の夜、再び乗った別のタクシーでも、私は運転手に今日のデモ行進のことを訊ねた。するとその運転手は、いいかい、イランにはこういう諺があるんだ、と言って、こう続けた。

「モスクに明かりを灯す前に……」
それ知ってますよ、と私が言うと、彼は随分驚いていたが、同じ諺を二度も聞かされた私の方が驚きだった。国民の不満を言い表す、有名な諺なのかもしれない。
私は、その年配の運転手に、アフマディネジャード大統領のニューヨーク訪問について訊いた。イランとアメリカが関係改善を果たすことなどありうるのだろうかと。

そもそも、圧制者への抵抗こそがイスラム革命の理念だ。パレスチナを抑圧するイスラエル、そしてそのイスラエルを支援するアメリカと対峙してこその、ゴッツの日ではないのか。
「国交回復?あるかもね。イランは昔から、アメリカがイラン敵視政策をやめ、アメリカでの凍結資産をイランに返却すれば、国交を回復してもいいと昔から言ってるんだ」

国交が回復されたら、ゴッツの日の抗議デモでは、「アメリカに死を」だけが叫ばれなくなるのだろうか。
「あれは、国民が勝手に言ってることにして、やらせとけばいいんだよ。でも実際、国交回復はそう簡単にはいかないよ。アメリカはイランに、条件としてハマスとヒズボラへの支援停止を要求してくるだろうからね」

アメリカの方が、国交回復の条件は、ずっと国是に忠実なようである。もっともハマスとヒズボラへの支援停止は、イランにとって半武装解除を意味し、とうてい受け入れられるものではない。
いずれにせよ、30年間の断絶状態が終わりを告げるためには、両国が信頼関係を築く上で、何かきっかけになるような出来事が必要だろう。少なくとも、相手に条件を提示しているような段階では、互いが切に国交回復を願っている状態ではないということだけは確かである。