側近を連れて視察中の金正日。自分の作った相互監視粛清システムによって、多くの配下のお気に入りを失っている。(わが民族同士HPより)

側近を連れて視察中の金正日。自分の作った相互監視粛清システムによって、多くの配下のお気に入りを失っている。(わが民族同士HPより)

二〇〇七年秋、平安南道文徳(ムンドク)郡龍林里(リョンリム・リ)の労働英雄(注1)の協同農場管理委員長が、平安南道平城(ピョンソン)市で公開処刑されるという事件が起きた。容疑は不正腐敗行為であったが、実際には権力争いに巻き込まれての粛清劇であったようだ。

平安南道農村経営委員会の課長の黄(ファン)○○氏は、まるで津波のように押し寄せる人波にいつの間にか飲み込まれてしまっていた。
たった今、龍林里の協同農場管理委員長と党秘書が、それぞれ九〇発もの銃弾を浴びて公開処刑が終了したところだったのだが、それは、強制参観させられていた他区域の管理委員長や里党秘書のうち何人かを、恐怖でその場にへたり込ませるほど殺伐としたものであった。

そのせいか公開裁判による即決処刑が終わるや散り散りに帰路に着いた人々の群からは、殺気が立ち上っているように感じられた。黄課長は後ろから誰かに襲われそうな恐怖を感じて、自分がどこに向かって歩いているのかもわからなくなってしまった。

それもそのはず、たった今銃殺された龍林里の管理委員長とは、仕事上付き合いがあり大変な衝撃を受けたからだ。
〈最高人民会議の代議員で労働英雄だったあの人が、公開処刑で一瞬にしてあんな風に死んじまうなんて......〉
管理委員長の罪状は不正蓄財であった。

上の者が模範を示してこそ下の者も正しい行いをするというが、大物たちが不正腐敗で私腹を肥やし黒光りのベンツを公然と乗り回しているというのに、雑魚を一人二人処刑したぐらいでは、党と国家に背を向けてしまった大衆を振り向かせることなんてできない。そんなことくらい黄課長はよくわかっていた。
しかし搾取される小作人には、地主よりも小作地管理人の方がもっと憎らしく見えるのが常である。

ましてやジャンマダン(市場)の米一キロの値段が労働者の月給を越えるようになった最近では、天を突き破るように溜まりに溜まった大衆の鬱憤に対して、上層部は、自分たちのような下っ端の中間幹部に銃口を向けることでその矛先を変えようとしているのである。

突然、標的にされてしまった中間幹部、とりわけ何も知らずにいい気になって大衆を苦しめていた者たちは、自分たちが上下からジリジリと照準を合わせられて追い詰められているようで、日夜逃げ場を探して汲々としていた。
今回処刑された龍林里の農場管理委員長もそんな連中の一人であった。

龍林里がある文徳郡は、共和国の中でも有数の「一〇万トン郡」と呼ばれる米どころで、かつて「糞より米が多い」と言われた地域だった。たとえ生活は豊かでなくとも代々稲作をしてきたおかげで、飯だけはピカピカに光る白い米飯を食べていた。
それなのに、「先軍時代」になってがっぽりと絞り取られ、その隙をついた頭の黒いネズミたち(協同農場の幹部たち)が内部でかすめ取ったため、農場は莫大な負債を抱え身動きが取れなくなってしまった。火田(焼畑)を耕すのがやっとの山奥よりも、もっと悲惨な状況に陥ってしまったのである。
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