【フセイン大統領の親族のみの保養所として建てられたサダム宮殿(ティクリート郊外)】(撮影:玉本英子)

イラク軍従軍取材(4)
第4師団の軍事訓練を担当するアメリカ陸軍のデービッド・ゲイリー現地司令官は「イラク軍の練度や技術は向上した。期日には命令通り帰国する」と明言した。ティクリート基地内の米兵たちにも声をかけると、みな笑顔で撤退の日を心待ちにしていた。

オバマ大統領がテロとの戦いの「主戦場」と位置付けているアフガニスタンについてデービッド司令官氏は「SOIはアフガンでも有効かもしれない」とつぶやくように言った。
一方、フセイン政権下では教育省に勤めていたというティクリートに住むアーメル・レザーさん(70)は「フセインは過ちを犯したが、子どもたちに教育を与えた。タリバンとは違う」と言った。その上で「アフガニスタンに暮らす信仰深い人たちへの侵略によって米軍はイラク以上の代償を払うことになる」とも警告した。

イラクの市民感情は複雑だった。そして、戦乱の深い傷あとが癒える気配はない。
ティクリートのハナン孤児院では戦乱の中で親を失った40人以上の子どもたちが暮らしていた。
子どもたち何人かに話し掛けてみた。だが、答えが返って来ない。抱きしめても、無表情のままだった。
近親者の死を間近で見続けてきたためなのか。子どもたちの様子に背筋が凍った。

大きな黒い瞳をしたタハ・モハメド君(9才)は一年前、車で移動中に爆弾事件に巻き込まれた。母、姉、兄と自分の左手首を失って以来、言葉を話せなくなっていた。
「ウワァー、ウワァー......」。小さな悲鳴のような言葉にならない声を口から漏らすだけだ。

「争いはもうやめて」。そう叫んでいるかのようだった。
米軍がイラク戦争の作戦名とした「イラクの自由」。それはどこにあるのか。
ここからは希望すらも見えなかった。 (おわり)
(共同通信から全国の加盟新聞社に配信)

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