◆ケさん
ケさんの住む地区でも「貨幣交換所」が設置された。地区の洞事務所(役場)の内部に設置された交換所では、簿記の知識を持った数字に明るい人たちが選抜され、交換業務に当たっていた。

恵山の市場に出かけたケさんは、物価の高騰を目の当たりにする。「貨幣交換」前は一キロあたり二〇〇〇ウォンほどだったコメの値段が六万ウォンになっており、大豆も一キロあたり五万ウォンを超えている。ケさんも手持ちの大豆を二キロ売り、一〇万ウォンを簡単に作ることができた。これで新紙幣を手に入れられる。

◆ウさん
この日は、「一日場(イリルジャン)」と呼ばれる、一〇日に一度の大きな市場の日だ。人々がどうしているのか情報収集がてら、会寧市の市場に向かった。いつものようにたくさんの人出があり、売り場には品物が並んでいる。しかし「売りませんよ」という不機嫌な声が聞こえるばかりだ。どういうことだろう。

その疑問が氷解したのは、時計を扱う店の前に立った時だった。ヘソクリを何か品物に換えておこうと思ったウさんに向かって、売り場の女性はこう言い放った。

「懐には旧いお金が多くて死にそうなのに、こんな大金をさらに貰って一体どこに使えっていうんだ? アンタ頭がどうかしているんじゃないの?」
金ではなく物々交換を望んでいるのだろうか? 辟易しながらその場を離れ、もう一度市場を歩き回ってみる。人波で市場が溢れかえっているのは、商売のためではなく、今後どのように行動したらよいのかの情報収集のためのようだった。

それでも、人々が皆一様に不安がっているわけではなさそうだ。貧富の差が拡大してきた昨今、貧しい人たちの中には「貨幣交換」によって格差が縮まるのではないかと、期待を口にする人もいる。

市場を回っていると、コメを取り扱う商人が販売にもっとも消極的なことに気が付いた。聞けば、「貨幣交換」と同時に流通が滞って、新しいコメが入って来ず、これからコメの値段がどんどん上がるはずなので、今慌てて売る必要はない、という。

この言葉を聞いたウさんは不安に襲われた。今日はまだ先日買ったコメが残っているからいいものの、それが無くなったとき一体コメの値段はどうなっているのだろうか。
◎一二月二日(「貨幣交換」開始三日目)

◆カンさん
この日もカンさんは知人の家を訪ね、借入金の処遇について話しあった。話しあううちに互い興奮する。カンさんも声を荒げて、この借金は帳消しにすべきだと訴えた。だが、そう簡単に話がまとまる気配はない。互いの家族も加勢し、激しい交渉を続けるが、この日もこれといった結論に達することはできなかった。
(つづく)
注1 三放送----公営有線放送。個人住居を含む北朝鮮のほとんど全ての建物に設置されており、スピーカーを通じて官製ニュースや政治宣伝が流される。

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