機能停止したジャンマダン
Q:貨幣交換が始まってすぐ、ジャンマダン(市場)に行ってみましたか?
カン:はい。ジャンマダンには品物を売る人が一人もいませんでした。そんな時に誰も行かないでしょう。商品を持っている人たちも、値段がどんどん上がっていくのがわかっているから売ってくれない。ジャンマダンは完全に停止状態です。一斉に(市場の仕組みを)みんなひっくり返したような感じとでも言いましょうか。

Q:政府が市場での商売を禁止したのですか?
カン:違います。だんだんそうなっていったんです。国営商店に品物が何もないから、ジャンマダンを利用するはずなのですが、取り締まった訳でもないのに誰もいなくなったのです。ジャンマダン自体の運営が成り立たなくなっていました。

Q:その間も政府から特別な指示のようなものはありませんでしたか? 市場に出て来るようにだとか、少しだけ売れとか、売る時間を短くしろだとか。
カン:「貨幣交換」後は一〇〇対一で売れというのがありました。ということはコメ一キロを二〇ウォンで売らなければならないということでしょう(注1)。でも誰が二〇ウォンで売りますか、品薄なのに。コメの供給が充分ならばまだしも。

それでも初めのうちは、二〇ウォンは無理でも五〇ウォンでは売られていました。それがどんどん上がっていきました。人は食べなければ生きていけないですから、食糧の値段が一番大切なんです。油や調味料は無くても生きていけますからね。必要不可欠なコメやトウモロコシの値段がとんでもなく跳ね上がりました。

Q:コメ自体が北朝鮮から無くなった訳ではないでしょう。市場に出て来ないということは、商売をする人たちが売らずに隠し持っていたということではないですか?
カン:うーん、どう表現すれば良いのでしょうか。江界(カンゲ)市のジャンマダンは慈江道で一番大きい市場ですから、コメが南部の穀倉地帯である平安北道や黄海道から毎日入って来て、その日その日に売られていくんです。また、鉄道も無いような交通の便の悪い田舎からも、たくさんの人がコメを担いで売りに来るんです。

コメが入ってきては売られて行き、なくなったら入ってくるのが普通でした。ところが、この度はコメが見当たらないんです。江界市のジャンマダンには必ず黄海道からコメが入ってくるはずなんですが、入ってこない。

Q:コメ以外の、服やその他の雑貨なども売られていましたか?
カン:買う人がいませんでした。目の前の食べるものの方が大事でしょう? 一世帯あたり新ウォンが二~三〇〇〇ウォンしかないし、その後の収入の見込みもありません。そのような日用雑貨は後回しにしなければなりません。限られたお金しかないのに、靴下を買う主婦がいますか。そうやって皆が食糧に集中するからコメの値段が上がっていくのも当然といえば当然でしょう。

Q:もう一度聞きますが、ジャンマダンを政府が閉鎖したという訳ではないのですね?
カン:そうです。お金が回らなくなって、ジャンマダンが自然と成り立たなくなったんです。それでジャンマダンの門扉自体を閉めてしまったんです。

Q:門を閉めてしまったんですか?
カン:そう、政府が商売をするなと市場を閉鎖するまでもなく、誰もジャンマダンに来なくなったので、自然にそうなったのでしょう。商品の流通が一切止まってしまいましたから、もうジャンマダンにも商品が無くなってしまったんです。まるで大きな戦争でも起こったかのような混乱でしたよ。
(つづく)
注1 「貨幣交換」前の白米一キロの市場価格は、全国的におよそ二〇〇〇~二三〇〇ウォンだった。

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