◆景山佳代子のフォトコラム
キューバの治安は想像していたよりずっと良かった。ただ、宿泊先の人からは、「夜は一人で歩かないように」と何度も念を押されていた。
それなのに、一度だけ私は夜、一人で街を歩いてしまった。
「つるべ落とし」という言葉があるけれど、キューバの夜はまさにそんな感じにやってくる。

その日は6時半頃にタクシーに乗って、仲良くなったキューバ人の家に行くはずだった。でも気が付けばもう7時前。
ほんの10分ほど前までは明るかったのに、あっという間に外は真っ暗。宿の人は出払ってしまっていて、タクシーを呼んでもらうこともできない。タクシーが走る大通りまでは、宿から2~3分の距離。「夜は危ない」とは言われていたけれど、もう何度も歩いた道だし大丈夫だろうとたかをくくって外に出た。

昼間の大通りは、たくさんの車と人が行き交っている。(2012年2月27日ハバナ市Salvador Allende通り)

 

ところが、通りをにぎわせていた店は閉まり、人影はほとんどない。昼間はうるさいほど客引きの声をかけてくるタクシーもまったく見つからない。少し心細い気分で歩き続けていると、ふと背後に人の気配を感じた。
振り返ると10メートルほど後ろを一人の男が歩いている。ただの偶然だろうと思ったものの、ためしに一度、右に大きく曲がってみた。すると、後ろの男も同じようについてくる。しかも男は少し歩みを早めて、私との距離を縮めてきた。

「あ、やばい!私のことをつけてる」
暗がりで相手の顔がよく見えないから、余計に不安になる。早くこの場を切り抜けなければと、焦って周りを見回すと、少し先に、灯りのついたお店が見えた。何のお店かはわからないが、とにかくそこに駆け込んだ。とっさにスペイン語が口をついてでた。

「すみません、私の友達のフリをしてください!男の人がつけてきているんです!」
店はバーだった。カウンターでお酒を飲んでいた夫婦と、黒人の若い男性がびっくりして私を見た。バーテンダーは、「どうした?落ち着け。大丈夫だから」と私を椅子に腰掛けさせてくれた。手の震えが止まらず、もしあの男が入ってきたらどうしよう、と不安でたまらない。

そんな私に、店にいた4人が代わる代わる「大丈夫、安心していいよ。あいつはここに入ってこないから」と冗談を交えながら声をかけてくれる。
私をつけていた男は店の前をしばらくうろついていたが、私が出てこないのを見て取ると、店の窓を腹いせのように「バン!」と叩きつけてから、どこかに行った。

キューバの地元の人が集まるバー。安いラム酒を一杯か二杯ショットで飲んで行くお客が大半だ。(2012年3月14日ハバナ市のバー)

 

その後、このバーがキューバの立ち飲みのような所だとわかり、キューバ滞在中の行きつけの飲み屋になった。それは、地元の人たちの日常に触れられる、またとない交流場所だった。災い転じて福となす、とはまさにこのこと。ただし、この日以来、キューバでは二度と夜一人で出歩くことはしなかった。

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