◆長年続く「身近な死の風景」

2016年のおおみそかから連日のように、イラクでは爆弾テロが起きた。シーア派住民が多いバグダッド市内北部サドルシティでは1月2日、日雇い労働者たちが集まる寄せ場に、爆弾を積んだトラックが突入、39人が死亡した。(綿井健陽・アジアプレス)

その場には「無差別に人を殺すな」との文字が書かれた白い紙が置かれ、20代と30代の若い兄弟の遺影が掲げられていた。犠牲者の多くは、1日わずか2万5千ディナール(約20ドル)の建設作業の日給を求めて集まっていた貧しい人々だ。

毎週金曜日のイスラム教休日は市民のデモが行われるため、道路を封鎖して警戒にあたるイラク警察治安部隊(2016年12月23日撮影)

男たちが、犯人像を巡って言い争っていた。

「バグダッドの外から来るISの仕業だ」
「奴らだけで、どうやって検問をすり抜けて爆弾を運べる? バグダッドの中に共犯者がいる」

さまざまな非難の言葉と嘆きの声が飛び交うが、長くは続かない。最後はみな黙り込み、下を向いて立ち去る。

亡くなった兄弟を以前に見かけたことがあるという同地区に住む男性サジャッドさん(26

)は言う。「私たちは何もできない。ただその場で悲しむだけ。そして、すぐに忘れる。数日後に日常は戻る。でも、またどこかで爆弾は爆発し、また別の人が殺される。戦闘でも爆弾でも、貧しい者が死んでいく。イラク戦争が始まって以来、ずっとその繰り返しだ」

若い兄弟の遺影が掲げられた爆弾テロ事件現場(2017年1月3日撮影・綿井健陽、バグダッド市内サドルシティ地区)

市内の食堂には、以前とは異なる光景があった。開戦から10 年目の2013 年、市内の食堂の大型テレビでは、シリア内戦やイラクでのテロなどのニュースが常に流れていた。店員や客はそれを眺めては、不安そうに言葉を交わしていた。
だが、今回訪れたどの食堂もニュースは流していなかった。「テロのニュースにチャンネルを変えてくれないか」と頼むと若い店員は嫌がった。「なぜテレビで観る必要があるんだ。スマホで友人や家族の安否確認ができれば、それで十分だ。それ以上は見たくない」

30年以上、市内で食堂を経営するアメルさん(69)が説明した。
「いまや世界中で毎日のように爆弾が爆発している。みなニュースは観たくないんだ。ドラマ、サッカー、歌番組などが観たい。友人たちと食事をするなど少しでも楽しい時間を過ごし、日常の嫌なことを忘れたい」
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