2017年12月に山形県に漂着した北朝鮮の漁船。人の姿はなかった。山形市民提供

今年の年明け、大阪に住む脱北者たちの食事会に参加させてもらった。朝鮮語と日本語混じりで互いに近況を語り合う楽しいひと時となった。

そのうちの一人は日本人の伴侶を得ていた。だがパートナーからは、周囲に北朝鮮から来たことを話さないよう言われているという。そして私にも、脱北者であることを誰にも言わないでほしいと言った。少し悲しげであった。日本の中の北朝鮮を見る目に怯えているのである。

日本社会の北朝鮮に対する反発は、日本人拉致犯罪が顕在化した2002年以来強まったのであるが、昨今の世間の空気はいっそう排他的で、陰湿でとげとげしくなったように感じる。

漂流漁民に工作員はいない

昨年、北朝鮮を巡って気の滅入る現象が二つあった。一つは11、12月に北朝鮮漁船が日本海沿岸に相次いで漂着した時の反応だ。周囲の多くの人から

「工作船ではないのか?」

「乗っていたのは軍人では?」

という質問をたくさん受けた。メディアからもだ。荒れる冬の日本海に木の葉のような木造の小舟で工作員を送り出すだろうか?
参考記事 :<北朝鮮内部>漂流漁船の正体は何か? 荒唐無稽な工作船説

政治家は不安を煽った。自民党参院議員の青山繁晴氏は11月30日の予算委員会で、漁民に天然痘に感染させられていた人がいたら無限に広がると、荒唐無稽なバイオテロの可能性を述べた。菅義偉官房長官は12月9日の記者会見で「工作員の可能性がある」と言及した。メディアはそれらを大きく伝え、結果的に不安を増幅させた。

北海道松前市の無人島に上陸した北朝鮮漁民が、設備を盗み出して大ひんしゅくを買った。地元から怒りと不安の声が上がったのは十分に理解できるが、少し考えれば、漂着船群は、漁労中に遭難して漂ってきたのだろうということはわかりそうなものだ。12月11日、海上保安庁の中島敏長官は自民党議員の会合で「工作船である可能性はない」と断定したと時事通信が伝えている。

荒波にもまれた末に流れ着いた隣国の貧しい漁民と、冷たい海の上で果てた数十の亡骸に同情する声は、圧倒的に少数であった。
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