クルド自治政府や国際機関からの物資支援があるとはいえ、キャンプには仕事はない。故郷の村と分断され、生活の糧のすべてを失ってしまった避難民たちの生活は過酷だった。なにより、いつまでこうした生活を続けなければならないのか、将来がまったく見えない暮らしは、人びとの心に大きな重圧となった。

支援活動は始まっていたが、避難民の多さに物資は足りていなかった。写真は、キャンプで配られる配給票。食料品と交換できる。(イラク北部・避難民キャンプ・2015年:撮影:玉本英子)

ミルザはクルド自治区の部隊、ペシュメルガ兵に入隊することを考え始めていた。私は複雑な思いだった。彼がISとの前線で死ぬようなことがあれば、妻イヴァンと、生まれたばかりのチーマンはどうなるのか。ペシュメルガの陣地への奇襲戦もあいついでいた。

ミルザは言った。「僕たちの土地を奪い、ヤズディ同胞を殺したISに復讐する。でも、こうやって逃げ延びた家族も養っていかなければならない」。

クルド自治区のペシュメルガ兵に入隊することを決めたミルザ。生活のために部隊に参加するものも少なくない。(イラク北部・避難民キャンプ・2016年:撮影:玉本英子)
クルド・ペシュメルガ兵に入隊し、前線に向かうミルザ。給料は3 か月で300 ドル。給料は十分な額ではない。だが、故郷を取り戻し、また家族を養うために、とヤズディの男たちは入隊する。(イラク北部・避難民キャンプ・2016年:撮影:玉本英子)

テントのなかで、ずっと物思いにふけるミルザにとって、その気持ちは簡単に割り切れるものではないだろう。

当時、ISは「背教者のクルド部隊をアラーの裁きにかける」などとして斬首する動画を頻繁に公開していた。そうした選択を迫られていたのはミルザだけではない。家族を殺され、姉妹を拉致された多くのヤズディ青年も同じ思いだった。

キャンプのテントの戸口で、ミルザを送り出す妻イヴァンとチーマン。「無理だけはしないで、気をつけてね」と、イヴァンは声をかけて車に乗り込むミルザを見送った。

ミルザは迷彩服に身を固め、銃を握りしめた。キャンプから車で4時間。前線が近づくにつれ、空爆や砲撃で破壊された建物が目立つようになってくる。クルディスタンの旗がなびく最前線の歩哨所。IS地域との境界線に位置し、侵入を食い止める最終防衛ラインだ。ミルザはここで寝泊まりしながら、昼夜の警戒警備にあたる。任務が明けるのは10日後だ。

シンジャル近郊の前線基地で狙撃ライフルを構えるミルザ。2キロ前方は、すべてIS支配地域で、ときおり砲撃や自爆攻撃も加えられる。10日間ごとの交代任務だ。(2016年:撮影:玉本英子)

(玉本英子・アジアプレス 第3回了・つづく・全5回)

◆ISによるヤズディ教徒襲撃の悲劇を追ったドキュメンタリーが放送されます。ぜひご覧ください。

【テレビ朝日系列・テレメンタリー2018】 「イスラム国」に引き裂かれた絆~日本人記者が追った6年」 3人の子どもをISに拉致されたヤズディ教徒一家。村を破壊されクルド兵となった夫を支える妻。 ISに引き裂かれた2つの家族をイラク現地長期取材で追った。 5月27日(日) 関東:テレビ朝日 午前4時30分~5時 関西:ABCテレビ 午前4時55分~5時25分

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(5・最終回)子どもを拉致された家族の悲劇
(4)破壊され尽くしたシンジャル
(3)救援作戦と避難民夫婦の思い
(2)拉致女性は「強制結婚」の名でレイプ
(1)「邪教」とされ虐殺、女性らを拉致「奴隷」に

 

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