タクシーは親切にも町の中心イマーム広場の宿の前まで送ってくれた。この小さな広場を中心にバザールとも呼べない小規模な商店街が広がり、その先には、藁を混ぜた土塀作りの旧市街がある。迷路のような旧市街の中には、水パイプの軸を作る木工職人や、陶器職人の店があり、その先にこの町の歴史遺産である古いモスクがある。

このモスクの建立は10世紀のブワイフ朝時代にさかのぼり、その後14世紀のイルハーン朝期に増築され、ほぼ今の形となった。金曜モスクとして現在も現役で、夕方の礼拝時間になると、モスクのスピーカーから礼拝を呼びかけるアザーンが流れる。旧市街の暗い小道にアザーンがこだますると、あちらこちらの家から、男たちが木戸を開けて顔を出し、互いに挨拶を交わしながらモスクへと向かう光景が見られる。

翌朝、宿を出ると、イマーム広場のすぐそばでは野菜の朝市が開かれており、イラン人の食卓に欠かせないハーブ類が山積みで売られていた。写真を撮ってよいかと男性の売り子に尋ねると、それは勘弁してくれと立て続けに首を振られた。イランでは頼まなくても向こうから「俺を撮れ」と言ってくるのが普通なのだが、ここでは若い男性の売り子のほとんどから撮影を拒否され、「あのじいさんならきっと撮らせてくれるよ」などと教えられる始末だった。

昨日は昨日で、宿を取る際、宿のオーナーはわざわざ役所に電話して、外国人を泊める許可を求めていた。この町自体が明らかに外国人を警戒している様子で、これまでイランでは体験しなかったことばかりだ。
その後、町の人に昨夜の宿のことや、撮影拒否の話をしたところ、
「まあ、核施設のこととか、色々あるからね。でもあんまりそういうことは話さない方がいいよ」
と忠告してくれた。イラン国中が核技術国民記念日に沸く中、当のナタンズ市民は、この問題を避けるかのように、普段と変わらずひっそりと暮らしている。

そんなナタンズだが、金曜モスクは今日も何組かの外国人ツアー客でにぎわっている。ツアー客が甘やかすからだろう。小学生の子供が私を見ると駆け寄ってきて、「ペンをちょうだい」とねだる。身なりのこぎれいな普通の子供たちがそんなことを言うので、「物乞いでもないのにそんなことを口にするもんじゃない」と説教してみるが、けらけらと笑いながら行ってしまった。

しばらく旧市街を歩いていると、また下校途中の小学生に出会った。その二人組みはこぎれいな身なりとは言い難く、坊主頭で、背の低い方の子は明らかに兄弟のお古と思われるぶかぶかのセーターを着ていた。写真を撮らせてくれと頼むと、「アフガン人なの?」と訊いてくる。

「違うよ。日本人だよ」
「カーブルから来たの?」
「だから違うってば」
「写真ならあっちで撮ろうよ」
彼らはそう言うと、私を先導して駆け出した。着いた先は、誰かの私有地のようだが、辺り一面ユリに似た小さな白い花が咲き乱れ、桜の木も満開である。そこで彼らは木に登ったり、花を摘んだりしながら私に写真を撮らせてくれた。聞けば、やはり二人は兄弟とのことだ。上の子がモハンマド君12歳、下の子がアリー君10歳。

「もっときれいな場所もあるよ!」と彼らはまた私を先導して歩き出した。道路を外れて、誰かの農園をそのまま横切って行く二人を、急ぎ足であぜ道沿いに追いかける。数分歩くと、さきほどよりきれいな花畑にたどり着いた。彼らに撮った写真を送ってあげようと思い、住所を聞いてみたが、二人とも正確な自分の住所を知らないという。家に行ってみれば分かるだろうと思い、そのまま二人の家へと向かった。

途中、彼らは何人かの人を指差しては「あれはアフガン人だよ」と教えてくれる。なぜ分かるのかと訊くと、知ってる人だからと答える。
「君たち、もしかしてアフガン人?」
「そうだよ!いつかカーブルに行くんだ。その前にゴムとマシュハドにも行って、マシュハドには親戚がいるんだ。それからキャルバラにも参拝して、あ、あのおじさんもアフガン人―」

「お父さんは何してる人?」
「レンガ積みだよ」
弟のアリーがどこかへ消えたかと思うと、しばらくしてキュウリとリンゴの入ったビニール袋を片手に嬉しそうに戻ってきた。バザールまでひとっ走りして、知り合いのアフガン人の売り子からもらってきたのだと言う。キュウリをぽりぽりと3人で頬張りながら歩き続ける。もうずいぶん町外れまで来てしまった。

「もうすぐだよ。近くにはイマームザーデ(歴代イマームを祭る参拝所)があるんだ」
そのイマームザーデもかなり過ぎて、周囲が農園ばかりになった頃、ようやく彼らの家に到着した。壁があちこち剥がれ落ちた古い家だ。あいにく両親は留守で、家には番地の札も付いていない。残念だが、住所は諦めるほかなさそうだ。
彼らはイマームザーデに遊びに行こうと誘ってくれたが、私はそろそろこの町を出発しなければならなかった。小さな手のひらと握手を交わし、二人の家をあとにした。(つづく)