アフガニスタンやイラクに派遣された兵士たちは、戦地で殺傷を直接目撃したり体験したりする。米国に帰還後もそのフラッシュ・バックにさいなまれ、罪悪感 や自己嫌悪で日常生活に適応できず、苦しむケースが多い。京都女子大の市川ひろみ教授による寄稿の四回目。(整理/石丸次郎)

2004年ごろには米軍襲撃事件がイラク各地で毎日のように起きていた。写真は、バグダッド市内をパトロール中に武装組織に襲撃され、緊張した表情で周囲を警戒する米兵。(イラク・2004年・撮影:玉本英子)

2004年ごろには米軍襲撃事件がイラク各地で毎日のように起きていた。写真は、バグダッド市内をパトロール中に武装組織に襲撃され、緊張した表情で周囲を警戒する米兵。(イラク・2004年・撮影:玉本英子)

 

帰還兵が負う困難
述のように、「対テロ戦争」に従軍した人々の多くは、アメリカ社会において弱い立場にある。その彼らが、戦場で心身に傷を負って帰還した場合、アメリカ社 会で生きていくことの困難は想像に難くない。復員軍人協会(Veterans Association)の予算は削減され、帰還兵のための病院での診察予約は何カ月も先になるような状況である。治療が間に合わず、自殺してしまうケー スさえ稀ではない。

戦場で受けた心の傷は、帰還兵自身にとどまらず、周りの人々にも多大な影響を及ぼす。兵士の精神的な健康について注意が払われるようになったのは、 第一次世界大戦以降であった(21)。特に注目されるようになったのは、ヴェトナム戦争時に帰還兵が社会に適応できず「ヴェトナム戦争症候群」として社会 問題化してからである。帰還兵らの多くは、帰還後何年もたってから、強迫的に襲ってくる忌まわしい情景や悪夢、夜驚、思い出したくない体験に突然連れ戻さ れるフラッシュ・バックにさいなまれ、日常生活に適応できず、苦しんだ。

生き生きとした感情を失い、無関心、抑うつ状態となり、不眠、不安、知覚過敏、錯乱などの症状がある。これらの症状は、帰還兵らが働きかけたことに よって、心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder: PTSD)として、1980年にアメリカ精神医学会が作成した「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM-Ⅲ)」に初めて明記され、医学的に認知されるよ うになった(22)。

以降も、恐ろしい体験に耐えられる抵抗力を訓練で身につけることはできるのか、症状を緩和するにはどのようなケアが有効かなどについて数多の医学的 な研究がなされている(23)。アメリカ軍では、前線に近いところで精神科医らによるケアが行なわれるようになっているが、兵士を心の傷から守ることには 成功していない。

イラクおよびアフガニスタンにおける特徴的な死傷は、爆発物(その多くは、道路脇爆弾などの即製爆発物(Improvised Explosive Devices: IED))によるもので、約60パーセントに及ぶ。金属片による擦傷、貫通など、怪我は複雑かつ深刻で、皮膚、筋肉、骨格、肺、胃腸、循環器、脳、脊髄、 末梢神経が傷つけられる(24)。

ヘルメットや防弾チョッキなどの防具の性能がよくなり、死亡率は減少した。しかし、顔、頭、首、四肢を完全に守ることは難しく、爆風による脳損傷を防ぐこともできない。このような重傷を負った兵士も、医療体制や医療技術が発達したことで生き延びるようになった(25)。

その結果、軽度外傷性脳損傷(Mild Traumatic Brain Injury: MTBI)を負う兵士が増加した。MTBIは、頭部への衝撃によって引き起こされる脳の物理的な損傷である。戦場でのMTBIの多くは、爆発物による爆風 にさらされたこと、さらには、衝撃を受けた兵士が地面などに頭部をぶつけたことで脳が損傷を負ったものであると考えられている。
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