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【ロマ音楽師の息子たち。教えなくとも自然に弾き方を覚えるのだという。ロマの生活の中には音楽があふれる。(エディルネ市内で)】

 ロマが携わってきた仕事は、鉄くず集め、ゴミ拾い、日雇い農作業だけではない。
ロマは、高い芸術性をもつ音楽師としても知られる。酒場をわたりあるき、音楽を提供する、いわゆる「流しの音楽師」という職業は、流浪しながら生計をたててきたロマの伝統職のひとつだ。

「人前で芸をする者」は、かつての日本がそうであったように、社会的にさげすまれてきた職業でもあった。
トルコでは、こうしたロマ音楽師は現在は流浪はせずに、ほとんどが定住している。

生まれながらなのか、環境なのか、ロマの持つ音楽的才能は、目をみはるものがある。エディルネの夜の街では知られた音楽師、フセイン・キョリュクリュさんの家を訪ねたときのことだ。

フセインさんがアコーディオンを奏でながら歌った曲を、7才の孫息子は、一度聴いただけで、歌詞や節回しまで覚えてしまった。孫の前で、その歌を歌ったのは初めてだという。
「俺たちにはそういう血が流れているんだ。ワッハッハ」 フセインさんは息子のほっぺたをつねって、大きく笑った。

エディルネ県はロマ音楽を伝統文化としてとらえ振興に乗り出し、2000年にはロマの音楽師12人が文化学芸員として採用された。
学芸員のひとりに話をきいた。地元で知られた音楽師でもある彼は、私の姿を見るやいなや、スーツケースから自分の写真の載った新聞をおもむろに取り出した。そして自分が政府にとってどれだけ重要な人物であるかを力説した。

公務員として働く彼にインタビューをしたのは県の文化局でのことなのだが、話が終わると、彼はお金を要求してきた。
「私はあなたに時間を使った。有益だったはずだから、当然、お金はもらう」 ここは役所なので、と私がやんわりと断ると、彼は不満顔になった。 「なんだ。じゃあ、別の場所でインタビューすればよかったな」 (続く)

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【関連動画】 「伝統音楽に生きるトルコ・ロマの人びと
(トルコ・エディルネ発)