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籠編み職人のバスリさん。1日に10個つくる。なじみの農家に売って歩き、いちばんに買うものが酒だという

  流浪のロマの現実
家族は農作業の日雇い仕事を求め、一年のほとんどを移動している。子供たちは冬の間のみ学校へ行く。長男のムスタファ君(11才)は、2ヶ月間、小学校へ通った。「読み書きができるようになったんだ」とムスタファ君は胸を張った。
バスリさんがテントの前に座り込んで、籠(かご)を作りはじめた。

「じいさん、ばあさんがいた頃はギリシャまで移動したものさ。鍛冶屋、鍋の修理、俺たちはどこへ行っても重宝されたよ」
バスリさんは、そう言いながら、小さなナイフで木の枝をタテに4つに裂いた。枝を絡ませ、すばやく編みこんでいく。30分もかからないうちに高さ50センチほどの三角錐の籠ができあがった。農家をまわり、1つ約100円で売るのだ。

ニワトリが逃げないように、上からかぶせる三角錐の籠は、地元の農家にとってなくてはならないものだった。しかし、安くて丈夫なプラスチック製品が出回るようになり、「時代遅れ」の籠は売れなくなった。
同じように、これまで地元のトルコ人との「供給関係」で成り立ってきたロマの鍛冶屋や鍋の修理工の仕事も必要とされなくなっている。

農作業の日雇い仕事は1日働いて約1000円。仕事は毎日あるわけではない。農業の機械化は、残されたロマの仕事さえも奪っていく。
「俺たちの仕事が必要なくなるってことは、俺たちロマもいらないってことだな」
バスリさんは籠を編む手をとめて、苦笑いをした。

いま、街のはずれにロマの居住区が増え始めている。これまで流浪生活をして生きてきたロマが、冬のあいだは定住するようになり始めた。冬は建設作業の仕事をし、春になれば家に鍵をかけ、幌馬車で仕事を探しに流浪する。
近代化が進むトルコの中で、流浪生活のロマの人びとは時代に取り残されたまま、いまも流浪の旅を続けている。 (続く)
(初出 2001年)

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(トルコ・エディルネ発)