だが、公式の文書や報道で「安企部」に言及するわけにはいかないため、内々の会議や学習会などにおいて「安企部」の恐怖を引き続き教育宣伝している。また組織的に「噂」を流布させているようである。

女性たちの話の中で興味深いのは、高位級幹部たちが「安企部」の金をもらった罪で大勢粛清されたという部分だ。
話の当否はともかく、九〇年代以降、高位級幹部に対する粛清の嵐が吹き荒れたのは事実で、話の中に出てくる崔龍海や、経済特区だった羅津先鋒市の責任者金正宇(キム・ジョンウ)元対外経済協力推進委員長など、大幹部たちも消息不明になっている。

理由は不正蓄財や「安企部から金をもらったからだ」と、北朝鮮内部ではまことしやかに語られている。粛清の口実に使われる「安企部」のネームバリューは引き続き有効なようである。

さて、はたして中国製化学調味料から虫がわくなんていうことはありうるのだろうか?
「中国製の靴を履いたら足が腐った」「中国製の下着を着たら皮膚病になった」などという噂は、九〇年代末に脱北・越境してきた人たちの口から、頻繁に聞かれるようになった。

北朝鮮の人々の購買力が低いこともあって、北朝鮮に輸出される中国製品は安物の中の安物が多く、したがって質の低い粗悪品が多い。中国の靴や靴下はすぐ破れると、今では北朝鮮でも評判がすこぶる悪い。

この中国製品に対する不評と、「安企部」に対する悪宣伝がミックスしていったのが、お題のような噂話の流行なのではないか。
(石丸次郎)

注1 金泳三元大統領は、一九九四年、金日成主席と北南首脳会談を開くことに合意して、一時北朝鮮住民から過剰なほどの大きな人気を集めた。
しかし、主席の死亡により会談は実現しなかった上、韓国に非常事態を宣布し、弔意を表明しないことを決めたため、北の住民から反感を買った。
こんなわけで、南で文民政権の最初の一歩を記した大統領が、北の民衆からは恨みを買っていたという皮肉な現象が当時発生していたのである。

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