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モロッコから西サハラに向けて南下していたところ、乗っていたオートバイがパンク。修理にてこずっているうちに満天の星空が見えてきた。なんとか修理を終えてたどり着いた最初の街タルファヤで宿を訪ねると、軍の詰所前の砂浜を紹介された。

とにかくくたびれていたため、テントを張ってすぐに就寝。翌朝、この写真の飛行機に気がつく。星の王子様を書いたサン・テグジュペリが操る郵便機が、ここに不時着したのであった。

ところで、「西サハラ」は国名ではないが、単にサハラ砂漠の西側をさしているわけでもない。一般的にアフリカ大陸の国々は53カ国と言われるが、正確には53カ国と1地域である。この「1地域」が西サハラ。モロッコを地図上で表す際に、西サハラまで含んだ図示がしばしば見受けられるが、それでは西サハラの民がうかばれないというものである。

1974年のスペイン撤退(それまではスペイン領サハラ)後、北部をモロッコ、南部をモーリタニアが占領したが、79年にモーリタニアは西サハラを放棄。その後、同地域全域をモロッコが占領し続けている。

一方、独立開放に向けて運動を続けているのはポリザリオ戦線。ポリザリオ戦線は76年、隣国アルジェリアにある難民キャンプでサハラ・アラブ民主共和国の独立を宣言した。現在、アフリカの国々を中心に約50カ国が同共和国を独立国として承認している。

国連はモロッコの西サハラ併合を認めてはおらず、西サハラを「非自治地域」としており、現地では国連西サハラ住民投票監視団(MINURSO)が、モロッコへの帰属か独立かを決める住民投票を実施すべく準備を進めている。

かつて、といっても今から十数年前、フランスやスペインで西サハラについての話をする際に歴史的背景の説明は不要だったが、最近は、この地を訪れている両国からの観光客に西サハラと言っても、「ん?」という顔をされることがぐんと増えた。

ちなみに、サン・テグジュペリは、西サハラでの滞在を「人生で一番幸せな日々だった」と回想していたそうだ。私にとっても、かなりお気に入りの国のひとつである。西サハラの概略だけで今回はいっぱいいっぱいだが、折に触れてこの地域の風景もご紹介していきたい。