われわれ「18号管理所」の移住民は、外部との手紙のやり取りができず、自由な外出も許されずに死ぬほど働かされるということが最も苦痛だったが、「14号管理所」のように日常の行動において完全に自由を奪われるというようなことはなかった。

ましてや、ちょっと下手な行動をしたからといってその場で撃ち殺されるというようなことはなかった。
保衛部「14号管理所」は国家から塩だけが供給され、あとは内部で全て充足が可能な総合生産体だといわれている。農場はもちろん、炭鉱、セメント工場、畜産場、紙工場など、あらゆるものを内部に備えているという。

しかし、これらはすべて、その中で人知れず死んでいく「移住民」の生き血を搾り取る道具に過ぎない。「14号管理所」は文字通り、唯一、世の中から完全に隔離された統制区域なのである。

◆四回の「解除」
前述の「四回解除される」というのは何のことか?
話によると、「14号」に最初に入ってきた時に家族を引き裂かれ、それぞれが「ヤギの群れ」の中で過ごすことになった「移住民」も、そうこうしているうちに「仕事を頑張れば将軍様の配慮で、党の配慮で解除される」ことになる。それが第一解除である。第一解除によって離れ離れになっていた家族がようやく一緒に暮らせるようになる。もちろん公民証のようなものは返してもらえない。

その次に第二解除になれば自宅に肖像画を飾ることができ、テレビも少し見ることができるようになる。
公民権は三番目の解除で与えられるが、この段階でようやく子供たちに結婚が許される。「管理所」内で同じ「解除民」同士結婚する自由がやっと与えられるのである。それ以前は結婚は許されないという。

第四解除で建前上は14号から出られることになっているが、「14号管理所」から出て来た人がいるという話は聞いたことがなかった。
(つづく)
注1 連絡所 労働党の対外工作部隊。日本海側の清津市にある連絡所は対日工作部隊で、日本人拉致の実行部隊であった。

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