学校のそばに武装勢力の迫撃弾が落ち、右足を失った少年。(2010年4月/撮影:玉本英子)

日本でイラク戦争反対の声をあげる人たちに呼ばれて話をする機会がある。そこで気づくのは、イラク軍は米軍の手先だから市民には支持されていないはず、と決めてかかっている人が少なくないということだ。
もちろんイラク軍を支持しないイラク人はいる。だけど、それが多数ではない。

イラク軍は米軍の軍事訓練を受け、武装勢力と対峙する。そういう意味では「アメリカのお先棒を担いでいる」のかもしれない。

イラクをめちゃめちゃにしたのはアメリカだが、他方、外国人の過激派がイラクにきて市民を殺害し、さらにめちゃめちゃにしている、とも一般の人びとは思っている。
「アメリカが戦争を始め、武装勢力が聖戦を始め、両方が市民を次々と殺している。自分たちには逃げ場がない。仕事もなく、命の保障もなく、誰も助けてくれない。だけど、ここで暮らすしかない」
貧しい地区の住民からはそんな声ばかりをきいた。

イラク人にとって、米軍の後押しを受けて再建されたイラク軍への思いは複雑である。
しかし少なくともイラク人からなるイラク軍が、治安を回復していることを市民の多くは支持している。

貧しいモロア地区では汚水がたれ流しになっている状態だった。武装勢力が市の清掃車や道路工事作業員もさえも標的としたため、長く放置されたままになってきた。(2010年4月/撮影:玉本英子)

いつ殺されるか、爆弾の巻き添えになるかわからない毎日に、だれもが疲れ、ただ普通の生活を取り戻すことだけを願っているのだ。
米軍の戦闘部隊は8月末で撤収することになる。4000名におよぶ米兵の戦死者。そしてこの7年間で命を奪われたイラク人は少なくとも11万人をこえる。

兵士たちとモスルの街を歩く。
路上にうち捨てられた弾痕だらけの車。砲撃で廃墟になった建物。
目に入ってくるものすべては映画のセットでもなんでもなく、どれもいまここで続いている現実の戦争の一断片だ。

砂粒まじりの強い風が吹きつける。
何度、目をぬぐっても涙が止まらなかった。
(つづく)
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