笑顔でね。そこをもう一押しして渡すのさ。普段からのこうした心がけが大切だ。朝鮮でもコンピューターで身分証の管理をしているから、「黄海道の海州から来た」と言えば、すぐコンピューターで検索する。ホントかウソかはすぐ分かる。何かあってからでは遅いんだ。金や骨董といえば、朝鮮では動くカネも多い分、取締りも厳しい商売だからね。

パク:新義州に行くときと海州に戻るときではどちらの取締りが厳しいのですか?
チャン:戻るとき。行くときは車のシートの下に金を隠しておけば何とか大丈夫だが、戻るときには現金を隠す必要がある。だから大きなリュックの真中におカネを入れて、周囲に靴やら服やらを入れて、外からは分からないようにしたりもしたよ。

パク:検問にひっかかって捕まったことはありますか?
チャン:ない。やればやるほど、取締りをかわす技術も上達するものだからね。金はいくつかの塊にして分けて運ぶんだ。それを新義州でまた一つの塊にする。私は腕が良かったから、金にちょっぴり銅を混ぜて目方を増やしたりもしたな。

パク:さらに脱法ですね(笑)。ふだん家に保衛部や保安員(警察官)が訪ねてくることはなかったですか?
チャン:しょっちゅう来てたよ。何か私の尻尾をつかまえてようとしてね。幹部が来ることもあったな。

パク:そんな時はどうするんですか?
チャン:家内に任せていたけど、居留守を使ったり、当たり障りのないウソをついたりと、大変だったといっていたな。向こうは誘導尋問みたいなこともするんだ。

パク:やっぱり賄賂を?
チャン:主にタバコをあげてた。帰り際にコヤンイ(「猫」の意。北朝鮮産の高級タバコの商標)を一カートンずつ。当時コメがキロ五〇〇ウォンの時に、一カートン五~ 六〇〇〇ウォンもするタバコをあげていたよ。他にも外貨商店で中国のビールやジュースを買ってやったり、商売で売れ残った衣類なんかもあげたりしてたな。子どもが平壌見学に行くのにお金が足りないという幹部に五万ウォンをあげたこともある。

パク:お金持ちだったんですね。
チャン:まあ。海州市内でも指折りだったんじゃないかな。上手くいっていたときには儲かったからね。

パク:新義州で金を売った後は、やはり何か仕入れて海州に戻るんですか?
チャン:基本は手ぶらでは帰らないね。商売になるようなものを買って帰るんだが、新義州は大きな都市だから何でもあったな。

パク:百貨店のようなところで買うんですか?
チャン:違う、違う。百貨店なんかには何もないよ。すべて個人から買うんだ。個人の家に行ったら商品が山のように積まれている。服や靴なんかを買って帰る場合が多かったな。それを問屋に卸すだけで、私たちが直接売ったりはしなかった。金で儲けていたから、帰りの稼ぎはちょっとでいいので、面倒のないシンプルな取引をしていた。
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