慈江道の熙川(ヒチョン)発電所を視察した金正恩。労働新聞などで大きく報じられた。(「労働新聞」2010年11月4日付より)

(初出:リムジンガン5号 2011年)
とうとう、社会主義と共和制の看板を掲げる北朝鮮が、三代に渡って親子で権力を継承しようという道に進み始めた。「金一族による永久執権」を狙おうという社会の進歩に逆行する企てである。

金正恩(キム・ジョンウン)への世襲後継作業はまだ道半ばだ。金正日(キム・ジョンイル)は「二〇一二年に強盛大国の大門を開く」と宣言しており、来年内には破綻した経済を復旧させて、息子・正恩に権力移譲しようというプログラムを持っているようだが、すでにそこには暗雲が垂れこめ、先の道程の視界は遮られて立ち往生しているように見える。

この一年半ほどの間に経済混乱に拍車がかかり、民と兵士を飢えさせ、国際社会に食糧支援を求めている有様だ。金正日の「先軍政治」は行き詰まったと見るべきだろう。

このように体制秩序が動揺を見せる最中に、強引に金正恩への後継作業を進めているわけだが、肝心の一般国民・民衆は、どのような思いで、前代未聞の世襲後継を見つめているのだろうか。この特集は、金一族が権力を世襲で継承しようとしている現在の、北朝鮮の「民心」に焦点を当てようというものである。二〇一〇年の九~一〇月に行われた金正恩お披露目の派手なイベントの裏で漂う社会の空気はいかなるものなのか。北朝鮮内部のパートナーたちとともに取材した。

証言 民心は無関心から反発、離反へ  1
整理 石丸次郎/リ・ジンス

当初、庶民は無関心
「軍事の天才らしい」「科学に明るくて先端技術の導入の先頭に立っているそうだ」などという〝青年大将キム・ジョンウン〟の偉人性を讃える情報の流布は、すでに二〇〇九年春頃から盛んに始められていた。その前年夏に金正日総書記が倒れ「激やせ」した写真が公開され、北朝鮮国内でも金正日時代の終焉が強く意識されており、政権が〝青年大将キム・ジョンウン〟を次の後継者に仕立てようと画策していることを誰も疑わなくなっていた。

後継問題は国の一大事のはずである。編集部はこれを、取材の重点項目に据え、調査を始めた。ところが当初、この〝青年大将キム・ジョンウン〟に対して、北朝鮮国内の関心は拍子抜けするほど低調であった。北朝鮮内部の取材パートナーに訊いても、中国に越境してきた人たちと話していても、
「正恩が後継しようが自分の知ったことではない」

「誰が次のテガリ(親玉)になっても、独裁は変わらないだろう」
という、投げやりとも諦めとも聞こえる答えが大半であった。
この年七月に中国で取材した咸鏡北道の四〇代の男性労働者は、
「どうやってお金を稼いで、子どもたちだけでも食べさせていくかで頭の中は一杯。だから後継者問題について知ろうとも思わない。第一、われわれは何も言えないので、朝鮮の政治について知っても仕方がない」
と語った。
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