◆学生運動リーダー出身の北朝鮮専門家
新体制の発足から3か月余り。若き指導者金正恩氏は、国際社会の注目を集めた2月16日の故金正日総書記の「誕生日イベント」を大きな混乱もなくこなし、その後には米朝協議を再開するなど、安定して国政を運営しているかのように見える。

だが実際には、本誌でも既報のように、北朝鮮の庶民の暮らしは低空飛行のままだ。政府の統制が厳しくなりこそすれ、生活の改善につながるいかなる措置も取られていない。経済問題を放置したままの金正恩時代の先行きは、不透明さは減るどころか増しているのが現実だ。

こうした中、金正恩体制はどこに向かおうとしているのかを、韓国の北朝鮮専門家・金永煥氏に尋ねた。現在、時事専門誌「時代精神」の編集委員である金氏は、大学生だった80年代に北朝鮮の「主体思想」や「首領論」を理論的バックボーンとした「主体思想派」学生運動のリーダーとして広く知られた人物。91年には金日成主席に接見するなど、北朝鮮の指示の下で行動していたが、その後、人民の自由を認めない北朝鮮の現実を知り転向、北朝鮮人権運動、民主化運動に身を投じた。現在では韓国を代表する北朝鮮専門家の一人。
インタビューは2月上旬、韓国ソウルで行われた。聞き手は李鎮洙。三回に分け連載する。

金正恩が部下を掌握できるかに注目

金永煥(キム・ヨンファン)季刊「時代精神」編集委員(アジアプレス撮影)

Q:金正日総書記の死去からもうすぐ二か月になります。この間、北朝鮮社会、とりわけ金正恩体制の動きは比較的安定しているように見えます。どう見ますか。
A:特に予想と異なる部分はありませんでした。これは北朝鮮の統治システムを理解していれば、当然だと言えます。北朝鮮で人々の行動をコントロールする最も重要な要素は「恐怖」です。さらに、一般の庶民よりも党の幹部たちの方が強い圧迫を受けています。党の幹部たちへの監視は、庶民に対するものよりも、はるかにち密で徹底しています。このシステムが維持されている限り、金正日が死んだからといって、幹部たちに直ちに何らかの動きがあるとは考えられません。

Q:どんな点に注目して金正恩体制を見ていけば良いのでしょうか。
A:金正恩体制の弱点が今後、持続的に表面化していくかどうかを見極めていく必要があるでしょう。

Q:弱点というとどんな部分でしょうか。
A:金正日という人物は、言う事をよく聞く部下に仕事を任せるときにも、その人物に対する疑いを常に持ち続けていました。だからこそ不穏な身動きができないよう、二重三重の監視網を張り巡らせていたのです。これを金正恩が継承し運用できるかに、(当面の体制の安定は)かかっているでしょう。
誰かに仕事を任せる場合、監視網はその人物の影響外に構築されていなければなりません。ですが、これができない場合、つまり始めから監視網を作ることができないとか、対象の人物(自身)がコントロール可能な弱い範囲でしか作れないとなると、結果的に部下の活動上の自由が増えることになります。自由が拡大していけば、そこから権力も生まれてくるでしょう。
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