CM放送中止になってからも、ネット上では宣伝が続く、カタツムリクリーム(イランのネットショッピングサイトより)

日本や韓国の女性の間で、美容効果があるとして話題になっているカタツムリクリームだが、イスラム国家イランでも、多くの女性の心を捉えている。だが、イランではそれが今、政界、メディアを巻き込むスキャンダルに発展しつつある。

最先端の研究室で、フラスコや医療用顕微鏡に向かう白衣の研究者たち。整った顔立ちの女性研究者がカタツムリクリームの効能を語り出す。「カタツムリの分泌液は、ビタミン、プロテイン、カルシウムを多く含んでいます。カタツムリは自分の皮膚の損傷を修復する力があります」

2分近くあるこの映像は、7月初旬まで、イラン国営放送のテレビCMとして繰り返し放映されてきた。画面下部にはテヘラン市内の電話番号が記載され、電話一本で注文ができる。

セピーデマーハーン社から販売されているこの商品は、カタツムリの分泌液を含んだクリーム、ジェル、石鹸の3点セットで、価格は99万リアル、日本円にすれば3000円ほどだ。イランの物価を考慮してもそれほど高価ではないし、本当にCMが主張するように、このクリームによって皮膚の皺や弛みが消え、保湿効果と美白効果を得られるものなら、安い買い物といえるだろう。

当初は衛星チャンネルのみで流れていたこのCMが、国営放送で堂々と流され始めたのは数ヶ月前のことだった。欧米による経済制裁で輸入化粧品が高値の花となった昨今のイランで、カタツムリエキスという意外性と国家のお墨付きによって、どれほど多くの女性がこの商品に魅了されたかは想像に難くない。

その一方で、かねてから国内の専門家らの間では、この商品の謳う効能を疑問視する声が多くあがっていた。問題を決定付けたのは、6月末、衛生医療教育省の食品医薬局が、この商品の効能は何一つ立証されていないものだと公式に発表したことだった。食品医薬局のハジアホンディ局長は、カタツムリクリームの製造許可は無効であり、国営放送に対してCM放送の中止を通達したと語った。

メディアの非難が、セピーデマーハーン社に同製品の製造許可を発行した衛生医療教育省に一斉に向かうと、同省の高官からは、製造許可が与えられていたのはセピーデマーハーン社の別の商品だったとか、製造や販売に関わる無数の許可証の全てが発行されていたわけではなかったなどとするコメントが寄せられ、実際に製造許可が与えられていたのか否かについて明言は避けられた。

その一方で、イラン国営放送のザルガミ総裁は、「関係省庁との連携なくしてCM放送はありえない。質問があるなら彼らに聞いてほしい」と自らの責任を否定し、その後数日間、依然としてCMの放送を続けた。
セピーデマーハーン社の製造工場はテヘラン西部の町キャラジにあり、この町のアルボルズ医科大学が、衛生医療教育省の委託を受けて同製品の検査・監督を行ってきた。医薬的効果の証明されていない商品が何ヶ月にも渡って国営メディアで宣伝され、国内に流通した責任を、アルボルズ大学も、衛生医療教育省も、国営放送も取るつもりはまったくないらしい。

そんな矢先、国会の衛生医療委員会は、国営放送がセピーデマーハーン社との間で3000億リアルのCM契約を結んでいたとして同放送を批難しており、このままでは大学、省庁を巻き込む一大スキャンダルに発展しそうだ。
イスラム教シーア派の最高位聖職者であるマカーレメ・シーラーズィー師は、カタツムリクリームについてメディアの質問を受け、次のように回答している。

「皮膚の上にその成分が残っているなら、礼拝の前には清めなければならない。皮膚に沁みこんでいるなら構わないが※」
【大村一朗】
※イスラム教では、同じ物質でも皮膚に付着した状態では不浄だが、体内にあれば不浄ではないという考えがある。例えば、血液そのものは不浄ではないが、体に付着した状態で礼拝を行うことは出来ない。

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