国内経済の低迷と国営企業の活動停滞は、北朝鮮の人々を実質的な失業状態に追い込んだ。その一方で、拡大を続ける朝中貿易の現場なでは、そうした労働力を吸収する「人力市場」が誕生している。そして、その市場を仕切っているのは暴力を背景にした少数のボスたちであり、彼らの周囲にカネ目当ての保安機関幹部らが群がることによって、ひとつの「利権構造」というべきものが出来上がっているのだ。両江道恵山(ヘサン)市の税関の荷役業務における労働市場の実態について報告する。(ペク・チャンリョン/訳・整理 リ・チェク)

中国側から撮影した両江道の恵山市。鴨緑江の連絡橋を渡ったところに税関がある。(2010年7月 リ・ジンス撮影)

中国側から撮影した両江道の恵山市。鴨緑江の連絡橋を渡ったところに税関がある。(2010年7月 リ・ジンス撮影)

 

◇大金を稼いだ人力市場の「ボス」
両江道恵山市は北方の鴨緑江を挟み、中国吉林省の長白朝鮮族自治県と向かい合う国境都市だ。近年、朝鮮でもとくに密貿易が活発な地域として知られてきたが、長白県との間には橋がかけられており、〝オモテ〟の貿易で行き交う物量も相当なものがある。

2013年5月16日に韓国の聯合ニュースが、中国の現地紙の情報をもとに、「国境の橋梁に対する全面的な補強工事が始められた」と報じた。それによると、恵山と長白県を行き来するトラックは増えているのに、1985年に建設されたこの橋は長期にわたり補修がなされておらず、トラックの積載重量に耐えられなくなっていたという。

このような物資の行き来は、恵山において大量の「人力(インリョク)」需要を生んできた。荷物の積み込みや荷下しなどを担う、「荷役」としてである。恵山には、中国との貿易に携わる会社が荷役の労働者を調達するための「人力市場」が形成されていて、それは多くの人々に生計の道を与えている。

朝鮮は体制の優位性を装うため、決して失業者の存在を認めようとしない。また、住民統制のための組織生活を何としても維持しようと、どんなに経済が低迷しても、人々は企業所に籍だけは置かされている。しかし実際のところ、多くの産業施設が長期にわたって稼働を停止しており、労働者はそこから何らの収入も得ることができないのが実情だ。そんな状況下で仕事を失った実質的な失業者たちが、人力市場に依存することでどうにか食いつないでいるのである。

私は2009年のある時期、出張で恵山を訪れた際に、人力市場の内幕について、地元の知人からかなり詳しい話を聞くことができた。実はその知人こそが、恵山市中心部の「人力市場」を一手に仕切る元締めだったのである。

この知人を、ここではA社長と呼ぶことにする。

A社長の羽振りの良さは、友人たちの間でも有名だった。彼は、私が恵山に滞在している間ずっと、地元で最も高級な食べ物を、食堂や事務所で振舞ってくれた。
事務所で食べるのは、中国産の食品である。出張を終えて恵山を離れる際にも、かなりの量の食べ物と数万ウォンの餞別まで手渡してくれた。私だけでなく、ほかの友人に対してもそうなのだ。また自分の二人の兄弟には、それぞれに家を買い与えている。

このように高額な収入を得ているA社長だが、公式な肩書は、一介の工場労働者に過ぎない。といっても、彼はその工場からはわずかな給料さえ受け取っていない。逆に、いくらかのカネを毎月工場に支払っている。

そのようにして公的な身分を偽造し、非合法の〝本業〟に精を出しているのだ。これは今日の朝鮮においては、国民の大部分が実践していることだ。
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