国際社会からの支援を届けるべき平和維持軍兵士や国際機関職員さえもが、子どもの弱みに付け込む現状がある。

このような過酷な状況にあっても、子どもは計り知れない可能性を秘めている。少なくはない元子ども兵が、生産的で面倒見のよい大人になっている。彼 らは、経済的に自立し、配偶者からパートナーとして受け入れられ、親として自らの子どもの幸せのために積極的に取り組み、コミュニティーの共同作業にも従 事する(65)。

イシメール・ベアは、シエラレオネで12歳から3年間にわたり少年兵として激しい戦闘を戦い、数多くの人々-大抵は自分と同じような少年たちだった -を殺害した。彼は、ユニセフに救助された後、米国で大学進学を果たし、自らの経験を活かして、国際人権NGOで活動するようになった。

彼は、「戦場での残酷さや悲惨さを経験しても、ぼくはいまだに人間性を信じることができます」と語っている(66)。子どもたちは、子ども時代の辛 い経験があっても、コミュニティーの人々や国際機関や国際NGOなどからの支援を得て、子どもの人権・福祉のために活動する青年に成長することができる。 (了)

※本稿の初出は2014年6月発行の「京女法学」第6号に収録された、市川ひろみさんの論考『冷戦後の戦争と子どもの犠牲』です。

いちかわ・ひろみ
京都女子大学法学部教授。同志社大学文学部、大阪大学法学部卒業。神戸大学法学研究科修了。専門は国際関係論・平和研究。著書に『兵役拒否の思想─市民的 不服従の理念と展開』(明石書店)。共著に『地域紛争の構図 』(晃洋書房)、『国際関係のなかの子ども』(御茶の水書房)ほか。

【以下注】 57 Robert J. Urano, Ann E. Norwood, 'The Effects of War on Soldiers and Families, Communities and Nations', Robert J. Ursano, Ann E. Norwood, ed., Emotional Aftermath of the Persian Gulf War: Veterans, Families, Communities, and Nations, Washington DC, London, American Psychiatric Press, 1996, p.541.58結婚していない親、将校、兵士が2人いる家族を除いた1771件について分析している。Alison Willams, "The Nation - Toll on deployed soldiers' children is studied - Neglect - mostly by female spouse - rises when one parent goes to war, researchers say, Los Angeles Times, August 01, 2007 ( http://aricles.latimes.com/2007/aug/01/science/sci-abuse1 2008年9月16日)

59 Peter S. Jensen, Jon A. Shau, 'The Effects of War and Parental Deployment Upon Children and Adolescents', Ursano, op. cit., p.88.

60 都市では民間人を巻き添えにしてしまう危険についても注意しなければならず、兵士は、強い緊張を強いられる。Brett T. Litz, S. M. Orsillo, M.. Friedman, P. Ehlich, A. Batres, "Post-tarumatic stress disorder associatied with peacekeeping duty in Somalia for U.S. military personnel", American Journal of Psychiatry, 154, 1997, 178-184. イラクでは62%の兵士が交戦規定のために、脅威が感じられる場合であっても攻撃的に対応できなかったと答えている。このような状況に よって、ストレスホルモンが過剰に分泌され、健康維持・回復、適応能力について気づかないうちに、重大な結果をもたらしがちである。Brett T. Litz, The Unique Circumstances and Mental Health Impact of the Wars in Afghanistan and Iraq, National Center for PTSD Fact Sheet. 市川ひろみ「戦場の被害者-傷つく兵士」、同『兵役拒否の思想-市民的不服従の理念と展開-』明石書店、2007年、39~57頁。

61 このような症状は、PTSDのある第2次大戦・ベトナム戦争の帰還兵やホロコーストの生存者の子どもにも見られる。PTSD のあるベトナム帰還兵を親にもつ子どもが受ける様々な影響については、Aphrodite Matsakis, Vietnam Wives: Facing the Challenges of Life with Veterans Suffering Post-Traumatic Stress , The Sidran Press, Baltimore, 1996, p.228-277.を参照。

62「子どもの顔を毎日見ていると、自分がしたことを思い出すんです」。「愛がなんであるかについては混乱しています。私は人の命を奪ったのですから。それも、子どもの命を......」高倉基也、前掲書、120~129頁。

63 佐藤真紀『ヒバクシャになったイラク帰還兵』大月書店、2006年他。

64劣化ウラン研究会『放射能兵器・劣化ウラン』技術と人間、2003年、28頁。

65 Neil Boothby, When Former Child Soldiers Grow Up: The Key to reintegration and reconciliation, Boothby, Strang, and Wessells, op.cit., p.176.

66 Ishmael Beah, A Long Way Gone: Memoirs of a Boy Soldier, New York: Sarah Crichton Books, 2007、邦訳、イシメール・ベア『戦場から生きのびて―ぼくは少年兵士だった』忠平美幸訳、河出書房新社、2008年、5頁。ルワンダの大虐殺の時、 14歳だったアニック・カイテジは、殺された母親の血をふき取ることを強いられるという苛烈な体験をした。彼女は1994年にフランスにのがれ、修士課程 で政治学を修めた。2005年に帰国し、虐殺を生きのびた寡婦およびHIV/AIDS児の保護や、女子教育の促進などの活動に従事するようになった。ア ニック・カイテジ『山刀で切り裂かれて』浅田仁子訳、アスコム、2007年、281頁。

 

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