露天の床屋は全国で見られる。実入りの悪い国営店をやめた理髪師が個人で営業するケースが多い。自由労働者である。2013年3月平安南道平城市でペク・ヒャン撮影(アジアプレス)

 

5-2 と職場離脱と「組織生活」の形骸化
すべての北朝鮮国民は、小学4年生なって「少年団」に加入したときから「組織生活」が始まる。学校、職場、人民班、軍隊、そして、青年同盟(学生と40歳以下の労働者)、女性同盟(主に主婦)、職業総同盟(40歳以上の労働者)、農民同盟(農場員)など、何らかの組織に所属して、各種の奉仕労働や政治思想学習、行事に動員される。また所属組織では、党と指導者への忠誠を確認するために週一回開かれる「生活総和」と呼ばれる行動反省会にも参加しなければならない。組織内では相互監視も行われる。

「糧政」による配給労働体系は、計画経済体制の要のひとつであるとともに、人民統制管理の要のひとつでもあった。職場は生産の現場であるだけでなく、労働党の思想と政策に服従を求める「組織生活」の場でもあった。あらゆる職場で政治学習への参加が義務付けられ、金日成―金正日のお言葉と方針が伝達されて忠誠を誓わされてきた。ところが、職場離脱が横行し、労働市場に飛び込んで生業を稼ぐ人が増加するに従い、職場の人民統制機能は弱体化していった。

市場近くで客待ちをするリアカー引きの女性。「親方」が数人を雇う場合もある。党が統制管理できない労働者たちだ。2008年10月黄海北道沙里院(サリウォン)市にて撮影シム・ウィチョン(アジアプレス)

 

市場主義式の独立採算による運営をする企業の増加も「組織生活」を形骸化させている。3章の交通の項で触れたが、私企業が許されない北朝鮮では、軍や警察、党機関などの権力機関が傘下に企業を作り金儲けをしている。これらは一般に「基地」と呼ばれる。「トンチュ」たちが権力機関の籍を借りて「基地」を作り、傘下企業として運営しているケースが増えている。

北朝鮮ではあらゆる職場に労働党組織がある。このような「基地」でも必ず労働党組織が置かれ「生活総和」が開かれるが、計画経済の破綻に出自を持ち利潤追求のためにできた「基地」では、その規律は旧来の配給制度下の国営企業よりはるかに緩く形式化している。労働動員などにも金を支払って行かないという現象が蔓延しているという。(2011年9月、「基地」経営の小規模炭鉱の実態を調査した北朝鮮人協力者の筆者への証言など)

商行為に身を投じる者と、労働市場で働く自由労働者、独立採算式企業の増加は、労働党が管理できない労働現場が拡大していることを意味する。それは党の思想や方針が行き届かない人々が増えているということである。(続く)

 

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