南アフリカの多様さは、日本人にとってだけでなく、他国の人々にとっても、想像の枠をはるかに超えるものがある。多様な人種を抱えるアメリカからやってきたマイケルが呆然とするのも、不思議ではない。

ピアノの調律をする男性
(ケープタウン・南アフリカ 2017年/Cape Town, South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

仕事の合間に談笑をする会場内スタッフ
(ケープタウン・南アフリカ 2017年/Cape Town, South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

外国人観光客が接することの多い、一見すると多く見える白人は、南ア全人口の9%ほどに過ぎない。圧倒的多数を占める黒人は約78%。また、マレー系と呼ばれるマレーシアやインドネシアにアイデンティティを持つ人々が約8%、インドに祖先を持つ人々が3%など、様々に異なる人々によって、南アは構成されている。郊外では黒人社会の存在を強く感じるが、都市部においては、それぞれの人種が同じくらいの存在感をもって、こちらの目に映るため、南アの大都市では、彼らがみな南アフリカ人だということがつぶさに理解できず、混乱してしまう外国人をしばしば見かけることがある。

CTICC関係者と総料理長
(ケープタウン・南アフリカ 2017年/Cape Town, South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

例えば、どう見てもアジア人にしか見えない人であっても、生まれながらの南アフリカ人というケースは、いくらでもある。

以前、南アのダーバンで取材中に出会った何人かのインド系の方々に、あなたにとってのアイデンティティは、南アフリカなのかインドなのかと訪ねたことがあった。返ってきた答えは、ほとんど同じものだった。おばあさんのおばあさんの、そのまたおばあさんのおばあさんまで遡らなければインドには辿り着かず、南アフリカ人としての想いしか持っていないとのことだった。

ダーバンで出会ったインド系の人々。おばあさんのおばあさんの…と話してくれた
(ダーバン・南アフリカ 2016年/Durban, South Africa 2016 撮影:岩崎有一)

白人にも、同様の想いを持つ人々がいる。本連載の前半で記したドラケンスバーグで宿を営むボーガンは、白人だ。夕食を囲みながら、互いの名前の由来の話となった流れで私は、ボーガンはフランスに出自を持つ人だと知った。彼は、フランス語は挨拶程度しか話せず、フランス人だという感覚は全く無いと話していた。

ケープタウンに暮らす友人のジョンは、偶然にも、彼の両親の祖父祖母ともポルトガルからやってきた人たちだとのこと。ジョンは自身のことを、ケープタウン人だと語る。

会場を埋め尽くす観客
(ケープタウン・南アフリカ 2017年/Cape Town, South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

観客の様子をひたすら見つめていたアメリカのマイケル
(ケープタウン・南アフリカ 2017年/Cape Town, South Africa 2017 撮影:岩崎有一)

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