武装諸派がアフリン中心部に数キロまで迫り、大量の住民が南部に向けて脱出。(2018年3月15日・シリア北西部アフリン・キマル村付近・住民撮影)

娘のバロズさん(19)は、ある日、見知らぬ人から携帯電話にSNSメッセージを受け取った。

「誤解しないで、私たちは東グータから強制的に移住させられたの」。

自分の家に入り込んで住み始めた女性らしき人物が、バロズさんの部屋から連絡先を手に入れ、送ってきたようだった。しかしバロズさんは到底許すことはできなかった。すぐに受信拒否にして削除したという。

東グータから逃れた住民に私は連絡を取り、アフリンへ移った人はいないか聞いた。しかし、誰も知らないとのことだった。敢えて答えなかったのかも知れない。

2004年シリア内戦前に取材したアフリン。オリーブ畑が広がる。アレッポ石鹸の産地としても知られる。2018年の侵攻で15万人以上の住民が、土地と家を奪われた(2004年・アフリン・玉本英子撮影)

現在、アフリン住民の多くが脱出、お年寄りなど少数が残る。しかし電話やSNSで連絡を取り合うのは容易ではないという。トルコの情報機関に盗聴されているという噂が広まり、住民たちが話すのを恐れたからだ。

戦争は被害者と加害者を容易に分けることはできず、すべての人びとを巻き込んでいく。

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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年02月05日付記事に加筆修正したものです)