バグダッドのタハリール広場前の反政府集会。2011年に中東各地に広がった民主化のうねり、「アラブの春」を知らぬ若い世代も少なくない。(昨年11月・撮影フセイン)

◆治安部隊の発砲で死亡

2月末、広場の近くで18歳の青年が治安部隊に撃たれ、死亡した。亡くなったのは、アブドゥルラハマン・ハリルさん。私はイラク人の知人を通して、母親(38)から話を聞いた。銃弾を足に受け、担ぎ込まれた病院で手術をしたが、容体が急変し息を引き取った。

「息子の18年の人生が、こんな形で終わるなんて…」。母は、今もその死を受け入れられずにいる。

彼が生まれたのはイラク戦争開戦の1年前。フセイン政権が崩壊しても、生活は豊かにならなかった。06年ごろからイスラム教のスンニ派・シーア派の宗派抗争が先鋭化する。スンニ派のアブドゥルラハマンさんの家族が住んでいたのは、シーア派が多い地区。また、叔母の夫がシーア派だったことから、両派の武装組織から標的にされた。

父が病気で倒れたため、高校進学を断念し、野菜市場で働いた。昨年、念願だった理容師になるために見習いの仕事を見つけた。だが、朝から晩まで働き詰めでも、月給は45万ディナール(日本円で約4万円)。自立できる額ではない。

「生活すらできないのに、夢や希望なんか持てない」。

母の心配をよそに、アブドゥルラハマンさんはデモに通うようになり、命を落とすことになった。

反政府デモの参加者の多くは若者だ。治安部隊との衝突で死傷者もあいつぐ。デモは南部にも拡大し、これまでの死者は500人を超す。(昨年11月・撮影フセイン)

2月26日、自宅近くのモスクで行われた葬儀には、親戚と友人らが参列した。「遺志を継ぎ、僕たちは闘い続ける」と、ともに活動してきた仲間が涙をこぼしながら母親に告げた。

治安部隊の発砲での死者があいつぎ、また新型コロナウイルスの影響もあり、タハリール広場での抗議行動の参加者は減りつつあるという。活動家を狙ったとみられる拉致や殺害事件も起きている。前述のフセインさんは逮捕を恐れ、今月上旬、北部のクルド自治区に逃げた。

この3月20日でイラク戦争開戦から17年。米軍の占領ののち宗派対立、頻発するテロ、ISの登場、そして政治不信やデモ弾圧と、混乱がずっと続いてきた。「希望を持てる日が来ることを信じたい。だけどその日は遠い先のことだろう」。フセインさんは声を曇らせた。

タハリール広場での集会。中央の緑のラインはデモ隊が治安部隊に向けて発するレーザー光。市民への発砲に抗議したり、阻止する意図もある。(昨年11月・撮影フセイン)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年03月17日付記事に加筆したものです)