ラッカではIS時代、過激思想の影響を恐れた親が学校へ行かせなかった。車椅子生活もありIS後も通えなかったファティマは13歳だが小学3年に編入。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

◆「みんなを苦しめたISを倒すために、母・姉妹が殺されたのはしかたないの?」

ファティマの家族のように米軍・有志連合の攻撃で、命を落としたラッカの民間人は1600人以上にのぼる(人権団体アムネスティ調査)。一方で有志連合側は、その死者数の一割ほどしか認めておらず、補償もない。

ISが世界各地で過激な事件を繰り返していた中、米軍の強力な軍事作戦がなければ短期間にシリア、イラクのIS拠点を叩くことができなかったのは事実だ。だが、その掃討作戦の過程で多数の民間人が巻き込まれ、命を落とした現実がある。

ファティマは言う。

「ISは、みんなを苦しめた。だからといって私のお母さんや姉妹が殺されていいのでしょうか。それは『しかたがない』ことなのでしょうか」

ファティマが通うダライヤ地区にできた小学校。民家の敷地を行政が借りて運営。多くの学校が戦闘で破壊されたため、民家を利用する例も。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

IS後はシリア民主軍主導の行政当局がラッカ市内を統治。アサド政権下で使われている教科書は使用せず、子どもたちはユニセフが支援した教科書で勉強。(2020年10月・ラッカ:アハメッド・アルフセイン撮影)

あちこちに瓦礫が残るラッカ。爆撃や砲撃、戦闘の激しさを物語る。疲弊した経済でいまも市民は厳しい。シリア内戦はまもなく10 年におよぼうとしている。(2019年10月シリア・ラッカ・玉本英子撮影)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年11月10日付記事に加筆したものです)