◆広島・長崎にも類似点

あなたがここ(サハラーウィ難民キャンプ)で見てきた人々は、ここに47年間暮らしてきました。
ここで生まれた人々の中には、今や孫のいる人までいますが、彼らはまだ祖国を見たことがありません。
ほかでもない軍事占領の結果、社会全体が苦しめられている(モロッコによる)抑圧の結果、息子や父親、娘、祖父や祖母を亡くすことのなかった家族はほとんどいません。
この状況は、広島や長崎を思い起こさせるものです。広島や長崎で起こったことと同じように、私たちはこの戦争で、両親、祖父、祖母や多くの人々を失いました。この点については、西サハラの占領地においても同じ状況にあります。

難民キャンプに暮らすサハラーウィ(2019年撮影:岩崎有一)

―――日本では、西サハラの資源輸入に携わる関係者にも、一般の人々にも、西サハラの状況はほとんど知られていません。西サハラ問題の解決を呼びかける市民団体(西サハラ友の会)が、2019年に発足しました。私たちはまだ、西サハラを知る最初の地点に立ったばかりだと感じています。

旧築地市場に並ぶ「アフリカ」の茹でタコ。西サハラのタコはモロッコ産として流通している(2018年撮影:岩崎有一)

◆西サハラは永遠の占領地ではない

尊敬される国というのは、短期的ではなく長期的に、あるいは近視眼的にならずに、ものごとを考えるものです。(尊敬される国は)目先の利益ではなく、先を見据えたビジョンをもって行動します。
日本の人々が、あるいは日本以外の人々が、ここ(西サハラ)を永遠の占領地だと思っているならば、それは違います。
客観的に見れば、各国はそれぞれ、モロッコや他の国との間において、自国の利益を守るべきでしょう。しかし、私たちのような抑圧された人々と敵対してまで、自国の利益を守るべきではありません。
明日にでも、明後日にでも、あるいは100年後であっても、私たちは(解放された)西サハラにたどり着きます。いずれ、ゴールにたどり着きます。

占領地の主要都市スマーラ。占領地におけるサハラーウィの人口比はおよそ2割にまで減少した(2018年撮影:岩崎有一)

◆絶対に忘れないふたつのこと

私には、決して忘れることのない、ふたつの点があります。私たちの味方に立ってくれた人と、私たちに対立した人、このふたつの違いを、私は決して忘れません。
つまり、彼ら(私たちに対立する人々)は、この地域における戦略的な利益を求めてはいないのです。明日や明後日といった、すぐ目先のことではなく、もっと長い目で見たビジョンをもつべきでしょう。
私たちは、私たちがこれまでに出会ってきた、私たちの味方に立ってくれる人々の尽力に、心から感謝しています。

サハラ・アラブ民主共和国ブラーヒーム・ガーリー大統領(2023年撮影:岩崎有一)

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