ミャンマー最大の都市ヤンゴンの中心地に建つ、シュエダゴン・パゴダ(撮影 宇田有三)

ミャンマー最大の都市ヤンゴンの中心地に建つ、シュエダゴン・パゴダ(撮影 宇田有三)


<特別連載>ミャンマーのロヒンギャ問題(1)へ

Q. ミャンマー人の一般の人々の民族意識とはどのようなものですか?
A. 
ミャンマーの人に民族意識が生まれ、広められたのは英国の植民地政策が始まりです。

Q. 植民地政策と民族意識は関連あるのですか?
A.
 税金を徴収するために、人口調査や土地の区分けが必要になってきます。つまり、どこに、誰が、どのような暮らしをしているのかを記述していくのです。ただ闇雲に線引きをしたのではなく、英国が行った区別や区分けを受け入れる状況や慣習が当時、その土地の人びとや地域の間にあったことは確かだと思います。

Q. 英国の植民地前のミャンマーは、確か王様がいたと思うのですが、英国の植民地政策で王制は滅んでしまったのですか。
A. 
そうです、王様がいましたし、ミャンマーの最後の王は仏教徒のビルマ人でした。英国の植民地支配の過程で、これはあまり知られていないことですが、王制を廃止することによって、王と仏教の僧侶集団(サンガ)の関係が崩れ去ったことは重要なことなのです(※ここで詳細には触れません)

ミャンマーは1948年、英国の植民地支配を脱し独立します。しばらくは民主政治体制が続くのですが 、やがて少数派諸民族の自治権獲得のための武装闘争や共産党の勢力の拡大で内戦状態となり、内政が混乱して1962年、軍部のクーデターが起こります。軍政はその時から始まり、2011年3月まで続いたのです。

軍政は力の支配でビルマ族中心の国の統一を推し進め、国家運営を強行します。その際、各民族を抑圧する政策をとったため、その反動でかえって諸民族の民族意識を高める結果となってしまいました。

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