子供を見ると、うらやましいよ。今の小さな子供は、なにも「考えずに」白人も黒人も関係なく遊んでいる。しかし自分は今も、こうやって黒人と一緒に働きながらも、彼らも仲間とは、頭で理解できても体ではまだ理解できないでいる。生まれたときから、黒人の上に白人が立つと教えられ続けてきた自分には、すぐにスイッチすることは難しい。教育は、時に罪深いと強く思う。でも、アパルトヘイトが間違っていたことは、よくわかった。生きているうちに、わかることができて、よかった。

ご主人の話は、こんな内容だった。彼の調理場で働く女性たちもバーの男性も、白人ではない。
ナミビアが南アフリカ共和国から独立したのは1990年のこと。アパルトヘイトの関連法が南アフリカで廃止されたのは1991年。ナミビアにも、アパルトヘイトの影響は当然及んでいる。

このご主人の、これまでのことをを知りたい気持ちになって、ウサコスに来る前はどこに住んでいたのかを聞いてみた。
「ずっと、ケープタウンにいたんだ。あの町は綺麗だよなあ。」そう言ってからしばらくして、こう加えた。
「ケープタウンでずっと、警官をしていたんだ。」
「当たり前のこと」にうっすらと気づきつつも、ひとりの警官として、あの差別的な制度を国民に守らせる側に立ち続けていたのかもしれないと、このご主人の胸のうちを想像して、私は言葉につまった。「頭でわかったこと」をなんとか体現したい一心で開いた、この店なのかもしれない。元警官の、小さな告白のように感じた。

ウサコスを訪れたのは2002年。2006年に再びこの町を訪れたときには、店の名前は変わり、別の店主が店を切り盛りしていた。元警官のこの店主のことを聞くと、彼から店をまるごと買ったが一度も顔を合わせたことはなく、今どこにいるのかもわからないとのことだった。
(続く)